10月7日に行われたブラジル大統領選挙で、極右候補ジャイール・ボルソナロ氏が予想を大幅に上回る得票で一位に付けた。得票率46.0%(8日現在、以下同))は過半数に迫る勢いだ。29.3%の左派、労働党のフェルナンド・ハダジ氏と10月28日の決選投票に進む。
「ボルソナロ旋風」と言っていい。国民が雪崩を打ってボルソナロ氏に投票した。背景は、前稿で指摘の通り、国民の間に溢れる「怒り」だ。経済がどん底に沈み、既成政党の全てに汚職が蔓延、犯罪がはびこり治安が脅かされる、そしてこれら全てに対し政府は無策に終始する。ブラジル国民は、もういい加減にしろ、との思いでボルソナロ氏に投票したに違いない。
それは何よりも「既成政治の拒絶」だ。ボルソナロ氏が「ブラジルのトランプ」と言われる所以である。今までの政治の延長ではブラジルの再生はない。今までとは違った全く新しい政治が必要だ。ボルソナロ氏はその国民の声にこたえた。ボルソナロ氏がゲイを差別し、弱者を弾圧、女性蔑視で軍政支持という型破りな言動をしても逆にそれが有権者に新鮮な印象を与えた。「今までの通りではだめだ」との国民の声をうまく受け止めたのだ。
ボルソナロ氏が圧倒的に支持される「3つの要因」
1994年以来、この国は社会民主党(PSDB)と労働党(PT)が支配してきた。PSDBは中道右派、PTは左派である。そのいずれもが現在、発覚中のペトロブラス汚職の主役を演じているし、PTはバラマキで貧者を助けたかと思ったものの、同党ルセフ前大統領の下でブラジル経済をめちゃめちゃにした。
国民は既成政党に対する信認を失った。今回、PSDBの候補として出馬した元サンパウロ州知事のヘラルド・アルキミン氏は得票率4.8%と見る影もない。PSDBは中道を広く取りまとめ連立を形成したにもかかわらずである。通常であれば集票と資金力でPSDB候補は群を抜いていたはずだ。それがこの惨状である。
ハダジ氏は一時40%の支持率を誇ったルラ元大統領支持の票の取り込みにある程度は成功した。しかし、その多くがボルソナロ氏に流れたこともまた事実だ。PTは、バラマキ行政で貧困層の厚い支持を得ていると思われていたが、今回、汚職のダメージは予想以上だったことが判明した。汚職にまみれたPTから多くの有権者が去っていったのである。
ボルソナロ氏自身は社会自由党(PSL)という弱小政党に今年から所属する。政党のバックはないに等しい。しかし、逆にそれがよかった。「反既成政治」こそがボルソナロ氏勝利の第一の要因である。
もう一つ、ボルソナロ氏勝利の要因は、「秩序回復」の訴えだろう。この国は汚職と犯罪により社会秩序が大きく損なわれている。ボルソナロ氏はこれに対し、強権で対処すべきだと主張する。「ブラジルのドゥテルテ」と言われる所以だ。ボルソナロ氏は軍司令官出身であり軍政へのノスタルジーを隠さない。
国民は軍政にいい記憶はなく、ようやくの思いで1985年、民政移管を果たしたはずだが、ここまで秩序が乱れては強権支配もある程度は仕方がないと思うようになった。ボルソナロ氏はこの声を巧みにとらえた。「責任能力を14歳に引き下げろ」、「銃の所持を自由化せよ」というのは今の国民感情にうまくマッチする。
何より「反既成政治」と「秩序回復」こそがボルソナロ氏勝利の要因である。これは、昨今の欧米の政治潮流と軌を一にする。欧州では秩序に対する脅威が難民であること、及び、汚職が国民の怒りの契機ではないことが異なる。
第三のボルソナロ氏勝利の要因は経済である。ボルソナロ氏自身は経済に強い関心があるわけではない。しかし、先頃、パウロ・ゲデス氏を経済顧問に抜擢したのが大きかった。同氏はシカゴ学派の生粋の自由主義者だ。民営化推進、政府の市場介入反対は産業界に多くの支持を得た。産業界は、PTの下で、再び政府の介入が増え財政赤字が膨らみ経済が停滞するのは御免だ、との意識が強い。この反PT感情がボルソナロ氏の支持を押し上げた。