2024年4月19日(金)

日本を味わう!駅弁風土記

2011年8月5日

 ユニークな容器や電子音から一転して、弁当の中身はいたってシンプルである。白御飯の上に牛肉を敷き、紅生姜で色を取り、切干大根や柴漬けなどを添えるだけ。例えば容器を変えてしまえば、一見した弁当の中身は全国各地で見掛ける牛肉駅弁と大して代り映えしない。

モー太郎弁当 あら竹 1,260円

 

赤身と脂身の絶品アンサンブル

 一面の白御飯を覆い尽くす牛すき焼き肉は、列車の車内照明、つまり蛍光灯の光を当てても輝いている。霜降りとは言わないが、薄めで幅のある肉の赤身と脂身が混じり合う。赤身はとにかく柔らかく、この柔らかさは駅弁で他に思い当たるものはない。松阪駅の誇る「元祖特撰牛肉弁当」も敵ではない。一方、脂身は香りも立ち、柔らかく、口の中で温まると溶けていく。常温の駅弁でこの視覚と味覚を味わえるのが松阪である。少々重たい脂身の豊かさは、白御飯に合わせることで絶品の牛丼となる。

 お値段は1,260円と少々値は張るが、駅で買えて車内ですぐ食べられるファストフードの味がこれである。はたして、先程まできわめてシンプルだと感じた内容も、にぎやかに感じた電子音も、妙に顔がリアルに感じた容器も、松阪らしい内容だとか、懐かしいメロディだとか、ユニークで面白い容器だとか、非常に好印象な駅弁として旅の記憶に固定される。

 松阪の牛肉産地としての名声は全国区であるから、たとえデパートの駅弁催事で購入して自宅で食べたとしても、これは良い味だと感心することになる。実際に、発売当初のデパートでの人気は、まるでバーゲンセールのようであった。今の松阪駅弁の顔は、21世紀に生まれたこの妙にリアルな牛の顔なのである。

 この松阪駅の駅弁屋「あら竹」さんは、国道42号沿いにドライブインを設けたり、駅弁の販路をデパートの駅弁催事や近鉄の駅へと広げたり、自社の公式サイトを業界としては早期に立ち上げてインターネット上で情報を発信したりしながら、1万円の予約制駅弁、加熱機能付き容器で温まる駅弁、駅弁漫画とのタイアップ駅弁など毎年のように積極的に新作を投入し、創業百有余年の歴史にも、「元祖」にも「特撰」にもおごらない姿勢で駅弁の灯を守っている。モー太郎弁当のユニークさに内包された実力や想いは、どうやらもっと深そうである。

福岡健一さんが運営するウェブサイト「駅弁資料館」はこちら
⇒ http://eki-ben.web.infoseek.co.jp/


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