方形の木箱のふたを上げると、一面、白い。その真ん中に、大葉がただ1枚貼られる。葉の緑色が、少々ぼやけている。容器に笹の葉を1枚敷き、白い酢飯を満杯に詰め、大葉を置いてから、鯛の身で一面を覆う。大葉は鯛の身を通して見えていたのである。それだけ鯛の身が透き通っている。押寿司の駅弁は、明治生まれの富山駅弁「ますのすし」を筆頭に各地で売られているが、見た目では今治駅のものが最も美しい。
瀬戸内の潮で身の締まった鯛…
食材は見栄えが良いと、その期待値で味への評価が厳しくなるものである。「瀬戸の押寿司」はどうか。押寿司であるから身も飯も固く押されている中で、身は飯より柔らかい。割りばしや添付のプラスチック製ナイフを当てても、抵抗は表面でなく内層で加わる。それでいて、鯛の身は崩れない。来島海峡の鯛は潮の速さで身が締まるという。酢飯の合わせ酢は酸味というより甘味があり、鯛の塩気とほどよく調和する。笹の葉の香りと大葉の味が、白身や酢飯の単調さに変化を付ける。大丈夫、味は見栄えの輝きに負けていなかった。
1999(平成11)年に開通した「しまなみ海道」こと西瀬戸自動車道を、2年前に自転車で本州側から渡ってみた。瀬戸内海に浮かぶ島々を9本もの橋でくねくねとつなぐ、全長約60kmの連絡道路のクライマックスは、吊り橋を3つも連ねて来島海峡を一直線に横断する、全長4105mの来島海峡大橋。最大高さ183.9mもの主塔を6本もくぐり、見えてきた今治の街は、海岸沿いの埋立地の工場群から煙たなびく、活気ある工業地帯であった。
タオルは高級品に活路を見い出し、造船は技術と納期で海外勢と戦っているという。城は展示館となったが、国や県の機関がいくつも立地する今治の行政機能は失われておらず、1日千艘もの船や小舟が行き交う瀬戸内の海運もまだまだ健在だろう。今治の衰退という私の気がかりも杞憂に終わりそうだ。「瀬戸の押寿司」は、その評価の高さと日持ちの長さの割には、例えば先の富山駅弁と異なり遠隔地での輸送販売があまり見られない。今治も駅弁も、現地でしっかり見て買って食べろということなのだろう。紙面や画面では感じ取っていただけないものが、ここにある。
福岡健一さんが運営するウェブサイト「駅弁資料館」はこちら
⇒ http://eki-ben.web.infoseek.co.jp/
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