徴用工や「親日派」追及は自叙伝にも出てこない
文氏の自叙伝は、朴槿恵前大統領に惜敗した翌年の大統領選出馬をにらんで出されたものだ。選挙向けだから自分を最大限に売り出す内容でなければならない。国民が強い関心を持つ問題で実績があるなら、それこそ「ウソにならない」範囲でアピールするのは当然だろう。
その自叙伝に出てこないのは徴用工問題だけではない。慰安婦問題も出てこないし、日本の植民地支配に協力した「民族の裏切り者=親日派」が不当に得た財産を没収する法律を盧政権が作ったことも出てこない。日本がらみで出てくるのは、拷問によってスパイに仕立て上げられた在日韓国人の再審開始を勝ち取った話と、日本との国交正常化交渉が進められていた中学生の時に近所の大学生から国交正常化に反対する理由を聞いたという話、そして東京地検特捜部は権力に切り込んでいると称賛する話——。この三つだけである。しかも国交正常化と東京地検の話はどちらも5行程度の言及にすぎない。
日本とのエピソードなど、プラスにも、マイナスにもならないということかもしれない。だが、それ以前の問題として自叙伝に描かれる文氏の関心、特に盧政権に加わるまでの関心事は国内問題に集中している。政権入りしてからも、対北朝鮮政策と対米政策の2点が加わるだけだ。米国にしても同盟国として政策的に重要だから書かれているだけで、個人的なエピソードは見当たらない。
個人としての関心は、もっぱら国内であり、その延長線上にあるのが両親の出身地である北朝鮮という程度だろう。昨年の大統領選期間中に話を聞いた在韓米大使館幹部は、文氏について「ニューヨークのパーソンズ・スクール・オブ・デザインに子どもを留学させていた。その卒業式に出るため米国に行ったことはあるらしい」と苦笑していた。個人的な接点はその程度しかなかったということだ。
慎重さ失われつつある文政権の対外姿勢
それでも文政権は当初、日米との関係をうまく管理しなければならないという慎重な姿勢を見せていた。日米との関係悪化によって対北朝鮮政策をうまく進められなかった盧政権の失敗を教訓にしていたからだ。ただ、今年夏以降はそうした慎重さが薄れているように見受けられる。それまで米国との事前協議を絶対に欠かさなかった対北政策で独断専行が目立つようになっており、対日政策でも日本側の反応を気にする度合いが明らかに低下した。
2015年の慰安婦合意に基づいて設立された財団を解散すると言ったり、徴用工訴訟の最高裁判決への対応にもたついたりするのは、そうした「無神経さ」の現れだ。日本で一部の人が考えているような信念としての「反日」があるわけではなく、単なる日本軽視なので余計に始末が悪い。
文氏はG20首脳会議出席後の12月1日、専用機内で同行記者団の質問に答えた。青瓦台が公開した会見記録によると、「韓日関係をどう復元していこうと考えているのか」という質問に対しての答えは次のようなものだった。
私は何回も申し上げているが、過去の問題については韓日間で意見の食い違うことがある。だからこうした問題には、いつでも火が付きうる。そうした問題が完全に解決されたと見ることはできない。しかし、過去の問題があるからといって、これから未来志向で発展させていかねばならない様々な協力関係が傷つけられてはいけない。それが私の考えだ。過去の問題は過去の問題として私たちが賢明に処理していきながら、未来志向の協力をしていかねばならないという考えだ。朝鮮半島の非核化、また平和プロセスにも日本の協力が必要だ。だから(歴史問題と政策連携を切り分ける)ツー・トラックで協力関係を続けていかねばならない。おそらく、このような点では日本政府も同じ考えだと思う。
前回の「確定判決でも終わらぬ『徴用工訴訟問題』」(http://wedge.ismedia.jp/articles/-/14407)などでも指摘してきたように、文政権に対日関係を悪化させたいという考えはないだろう。それでも日本の反発をまだまだ甘く見ているのではないかという疑念はぬぐえない。外交問題にテーマを限定された機中会見の記録は9300字超あるが、このうち日韓関係に関する部分は300字余りにすぎない。残りはほぼすべて、米朝関係と南北関係である。
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