――はたから見れば、痴漢の場合、既婚で正規雇用、万引きの場合でも生活に困っているわけではないと一見幸せそうな人生を歩んでいるように見えます。どうして彼らは犯罪に走るのでしょうか?
斉藤:両者ともに共通しているのは過度なストレスです。誰もが抱えるストレスによって罪を繰り返すことに非難があるのはわかりますが、患者さんたちはシンプルにそう答えるのです。
痴漢を繰り返す患者さんの場合、自分を抑えながら自宅や会社では従順な夫や社員を演じ、日々の生活を送るなかで、唯一匿名性の高い満員電車のなかだけがストレスを発散できる場所、となっていることが多い。痴漢をすることで弱い者をいじめ、ある種の優越感や達成感を味わえる。痴漢には他にも支配欲求や征服感、男性性の確認、ゲーム感覚やレジャー感覚など複合的な快楽が凝縮されています。こうした快楽は、日常生活ではなかなか味わえないので耽溺してしまう。
それこそ朝起きてから夜寝るまでの間、彼らはどの路線で痴漢をしようか、警察にマークされていたら、逮捕されたらどうしようかなど考え、痴漢がもはや「生きがい」になっているのです。
――痴漢などの性犯罪について、アダルトコンテンツの影響を指摘する声を耳にすることもありますが、患者さんたちを見ていてその影響はどうでしょうか?
斉藤:痴漢にしても、盗撮にしてもアダルトコンテンツに影響されて始めてしまった人は全体の1割程度しかいません。ただ、問題行動を繰り返すなかで、そうしたコンテンツが本人の認知の歪みを強化する要因や再発時の引き金には確実になっています。
――万引きの場合は、さまざまなストレスがあるなかでも具体的にどのようなものが目立ちますか?
斉藤:万引きの場合、女性が多いという話をしましたが、代表的なのは性別役割分業による家事労働やケア労働で感じるストレスが多い。比較的若い世代では、いわゆるワンオペ育児によるストレスや、共働き家庭で子どもがいる場合、子どもの事情で急に会社を早退しなければならないときに、他の社員の理解のなさにストレスを感じながら働き続けているワーキングマザーは多い。壮年世代の場合は、子どもが巣立つことによる喪失感、夫が亡くなった喪失感や、親の介護によるストレスが大きい。いずれも夫の協力が得られずみな孤立化しています。そうしたストレスが引き金となり万引きに走ることが多いようです。
――万引きは、1日に約13億円の被害が出ている非常に身近な犯罪です。
斉藤:そうですね。2010年から警察庁の通達により万引被害は全件通報になりましたが、実際に実行している店舗は半分くらいです。実はある大手のドラッグストアなどは、万引きの損害額を商品価格に上乗せしているため、結局、罪を犯していない我々が支払っているのです。これを聞くと万引きは許せませんよね。ですから、一般の人ももう少し当事者性を持ってほしいですね。
――痴漢も万引きも依存症の人たちの治療をされているわけですが、両者は依存症としてどう分類されているのでしょうか?
斉藤:依存症のカテゴリーは大きく3つにわけられます。アルコールや薬物、カフェイン、タバコ、摂食障害などの物質依存、セックス依存や恋愛依存などの関係依存、そして痴漢や盗撮を含む性的な逸脱行為、万引き、ギャンブル、リストカットなどの行為・プロセス依存の3つです。これらの物質や行為、関係により何らかの社会的、身体的、経済的損失が生じているにもかかわらずそれが止められない状態を依存症と呼んでいます。
――話はズレますが、タイガー・ウッズも患ったセックス依存症という病気は本当にあるのでしょうか?
斉藤:セックス依存症という病名はありません。しかし、不特定多数の人と性的関係を持つことで、社会的、身体的、経済的損失を繰り返すのに止められない人たちはいます。
昨年から、私が監修をつとめているWeb漫画『セックス依存症になりました。(津島隆太作)』(https://wpb.shueisha.co.jp/comic/2018/12/21/107827/)は、セックス依存症の当事者である作者が描いているので、とてもリアルです。かれらは性的な欲求だけでなく、とにかくセックスをしていないと居ても立ってもいられない衝動に駆られその制御ができなくなります。