2024年7月23日(火)

オトナの教養 週末の一冊

2019年1月10日

――痴漢や万引きの依存症になると身体のなかでは何が起こっているのでしょうか?

斉藤:痴漢の場合、はじめは満員電車のなかでたまたま手が触れてしまっただけかもしれません。しかし、そのときに快楽の衝撃が体中に走り、ストレスから解放された感覚を味わい、それから繰り返すようになるケースがあります。

 万引きの場合も、もし最初の行為で何度も失敗していれば、それ以上繰り返すことはないでしょう。しかし、万引きは残念ながら見つからないことも多く捕捉されないこともあるために成功体験を積み重ねやすくその都度達成感や気持ちがスッキリとした感覚を学習し常習化するケースが多い。

 両者とも成功したときには、脳内では快楽物質であるドーパミンが分泌されます。しかし、お酒や睡眠薬を習慣的に飲み続けていると一定量では足りなくなるのと同じく、痴漢や万引きも同じことを繰り返してもそれ以上の興奮を得られなくなります。これをドーパミンの耐性といいますが、そうなると、回数の増加やよりハイリスクな環境で行うようになります。様々な意味での「死のリスク」を伴う行為が人間が耽溺していく要因でもあります。痴漢や万引きには、「社会的な死」のリスクがありますし、アルコールや薬物は「身体的な死」のリスクが、ギャンブルには「経済的な死」のリスクがあります。依存症と「死のリスク」というのはセットなんです。人間にとって慢性的に命を天秤にかけ続けるとここそが、実は生きていることを実感できる方法なのです。

――依存症の人たちは、生と死を天秤にかけられないのでしょうか?

斉藤:天秤にかけることはできますが、その物質や行為に耽溺していくうちに優先順位の逆転現象が起きます。たとえば、著書『万引き依存症』の中に出てくるAさんは、娘の結婚披露宴へ向かう途中に万引きをしてしまい逮捕されてしまいました。母親として、娘の結婚式に出席するのに当然ですが万引きをしてはいけないと分かっています。でもそのプレッシャーで前の晩に眠れなかったかもしれませんし、たまたま持ってきたカバンが大きなもので、そしてたまたま空いた時間にスーパーに入ってしまいます。そして、「今日だけは絶対にしてはいけない」という極度のストレス状況が重なっていました。そのような状況下で正常な判断ができなくなります。この日だけは絶対にやってはいけないだろうという日に限ってやる人がいますね。これも不合理性のひとつです。

――そして認知の歪みを強化していく。

斉藤:そうですね。

 痴漢は代表的な認知の歪みが20個ほどあります。一番多い認知の歪みが、女性は痴漢をされたいと思っている人もいるという発想です。他にも「今週は仕事を頑張ったから、痴漢をしても許される」「女性専用車両に乗っていない女性は痴漢をされたい人だ」と解釈する人までいます。信じられないかもしれませんが、四大卒で妻子がいてサラリーマンです。

 万引きの場合も、「このお店でたくさん買い物をしているのだから、今日くらいは万引きをしても許される」などと子どもが聞いてもおかしいと思うロジックを作り出し時間をかけてはぐくんでいきます。

――ただ、かれらは万引きや痴漢行為に耽溺していますが、我々もたとえばスマホであったり、甘い食べ物であったり程度の差こそあれ何かに依存していますね。

斉藤:痴漢や万引きといった依存症の問題は、被害者が存在するのでまずは被害者のことを第一に考えないといけません。

 しかし、アルコールや薬物、ニコチン、カフェインなどは被害者が存在しない、自己使用の問題です。そうした依存症の人たちにとって、人生の辛い局面でそれがあったからこそ自殺などせずに生き延びたかもしれないという面はあります。

――クリニックの治療はもちろんですが、社会全体がどうなれば依存症の患者さんたちが回復しやすくなるのでしょうか?

斉藤:依存症になりやすい人の特徴は、真面目で責任感が強く、人に助けを求められない人が多い。だからこそ、安心して助けを求められる社会になれば依存症になったとしても回復しやすいと思います。そして依存症への正しい理解を周囲がすることで少しでも彼らに対する偏見を取り除いていくことが重要だと考えています。

――最後にあえて本書をおすすめしたい人たちは?

斉藤:まだ顕在化していない当事者やその家族の人たちですね。最近、この2冊を読んで電話で相談が来るケースが増えています。多くの人に読んでほしいのはもちろんですが、まずは、当事者や家族、周囲の人たちに読んでいただいて、結果的に行動変容のためのプログラムにつながれば嬉しいですね。
 

  
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