2024年11月22日(金)

栖来ひかりが綴る「日本人に伝えたい台湾のリアル」

2019年4月19日

 筆者はこの映画を『五星級魚干女』というタイトルで公開当時に劇場で観た。台北の奥座敷・新北投にある古い温泉旅館を舞台に、父母を交通事故で亡くし旅館を経営する父母に育てられた主人公・芳如(ファンルー)を『目撃者』などで演技力を見せたアリス・クー(柯佳嬿)が演じている。

 アメリカ留学を夢見ているが、祖母の入院をきっかけとして、日本時代から続く歴史ある旅館がじつは膨大な借金を抱え、アメリカ留学どころか倒産の危機という事態を知ってしまう主人公が、祖母秘蔵の年代物のバイオリンを目当てに旅館にきたアメリカ人のバックパッカー・アレンを巻き込み、すったもんだしながら「五つ星」の旅館を目指して奮闘するラブコメディである。

『まごころを両手に』(監督:リン・シャオチェン)

 この映画の肝になるのが「バイオリン」だ。日本時代に祖母と恋仲になった日本人によって旅館に持ち込まれたものだが、一足先に西洋化した日本が台湾に近代を持ち込んだ歴史を彷彿とさせるなど、日台の関係性をあらわす幾重ものメタファーとなっている。

 ほかにも例えば、終戦と共に日本が台湾を放棄し、さらに1972年には国交断絶という、日本語教育世代からよく耳にする「台湾が日本に二度捨てられた」経験、日本への思慕を残しつつ自立した個として目覚めた台湾がアメリカと上手くやりながら国際社会で発展していること、いま台湾で盛んな日本時代の建築遺産を活かした観光スポットの開発など、現代までの日台米の歩みがバイオリンに重ねられる。

 それはまるで、日本時代の遺産を受け入れ、アメリカ文化も取り込みながら、しなやかに生きる台湾の自画像のようでもある。

『西門に降る童話』(監督:イエ・ティエンルン)

台湾エンタメ界を脅かす「中国の圧力」

 しかし近年、そうした台湾アイデンティティーや歴史認識を積極的に描きだそうという流れに、中国からの圧力がかかる状況も顕著になっている。とりわけ中国市場を重要視している台湾の芸能界・エンタメ界において影響は明らかで、先日も台湾の人気女優アン・シューがSNSでの行為を理由に中国ネットで炎上したことを受けて「わたしは中国人で、中国はひとつであり、台湾の独立を支持しない」と謝罪した。そうした意味では映画の内容だけに留まらず、台湾映画をめぐる状況もまた、今の東アジア情勢を映し込む鏡であるとも言えるかもしれない。

『軍中楽園』(ニウ・チェンザー監督)

「台湾巨匠傑作選2019 ~恋する台湾~」をはじめ、最近は日本各地で台湾映画をスクリーンで観られる機会が増えている。ぜひとも劇場に足を運んで台湾の魅力に触れると共に、その背後にある東アジアの空間感覚を肌で感じ、考えて頂けたら幸いだ。

栖来ひかり(台湾在住ライター)
京都市立芸術大学美術学部卒。2006年より台湾在住。日本の各媒体に台湾事情を寄稿している。著書に『在台灣尋找Y字路/台湾、Y字路さがし』(2017年、玉山社)、『山口,西京都的古城之美』(2018年、幸福文化)、『台湾と山口をつなぐ旅』(2018年、西日本出版社)がある。 個人ブログ:『台北歳時記~taipei story』

  
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