2024年12月22日(日)

野嶋剛が読み解くアジア最新事情

2019年4月19日

4月17日、台湾総統選に出馬する意向を表明したホンハイ創業者のテリー・ゴウ氏(写真:AP/アフロ)

 台湾政治はまるで韓流ドラマのように展開が速い。しかし、それもいささか行き過ぎではないかと思えるほど、今回は途方に暮れてしまった。それはもちろん、巨大企業ホンハイの創業者であるテリー・ゴウ(郭台銘)が、台湾総統への野心をあらわにし、野党国民党から台湾総統選に立候補することを表明したからだ。これまでの選挙構図を一変させる衝撃が台湾に広がり、その波紋は世界にも及んだ。

 なんといってもホンハイは日本のシャープも買収した実績を持ち、2018年のグループ売上高は19兆円に達する超巨大企業。企業トップの政治指導者としては米国のトランプ大統領が思い浮かぶが、企業人としての実績はテリー・ゴウがはるかに上である。

貧しい少年時代を支えてくれた媽祖様の「お告げ」

 テリー・ゴウは17日、台湾・板橋にある道教の廟・慈恵宮を朝11時に訪れた。その理由は、総統選への出馬の最終意思を固めるためだった。慈恵宮はテリー・ゴウにとって特別な意味のある場所だ。かつて、貧しい少年時代を送ったテリー・ゴウの一家は、住む家がなく、この慈恵宮の一角を間借りして暮らしていたからだ。大学にも行けず、叩き上げでホンハイを立ち上げ、世界企業にまで成長させたテリー・ゴウにとって、航海の安全を願う神である媽祖を祀っている慈恵宮は、昔もいまも、彼の原点である。

 テリー・ゴウは集まった記者団にこう語った。

「今日は特別に媽祖様にお伺いを立てにきました。20年後の台湾を考えれば、2020年の選挙はとても重要であり、私が出馬すべきかどうか。実は、媽祖様は数日前、夢で私に掲示を与えてくださった。媽祖は夢に託して出馬を求めてきた。私は彼女の命ずるところに従う」

 ドラマチックな出馬表明はもちろん派手なパフォーマンスを好むテリー・ゴウの演出であろう。しかし、その衝撃は本物だ。これまで、2020年の総統選をめぐっては、民進党が現職総統の蔡英文と元行政院長の頼清徳の一騎打ちになっており、国民党は、元新北市長の朱立倫、元立法院長の王金平、そして先の統一地方選で韓流人気を巻き起こして一躍政治スターとなった現高雄市長の韓国瑜らが争う混戦状態。両党で、4月から5月にかけて、激しい争いと駆け引きが展開されることが確実視されていた。

 しかしながら、このテリー・ゴウの出馬によって、選挙情勢は大きく変貌するだろう。その具体的な流れはまだ読みきれないところもあるが、同じカリスマ的な候補者として有力視されていた韓国瑜はテリー・ゴウと支持層が被ってくる可能性が高く、出馬の見通しは大きく下がったと台湾メディアは報じている。最新の世論調査の結果はまだ出ていないが、朱立倫、王金平は人気では到底、テリー・ゴウにかなわないだろう。

 もともと統一地方選の大敗の前から、民進党の蔡英文総統の支持率は低迷しており、復活の兆しはなかなか見えてこない。立候補を表明した頼清徳との内紛に近い権力闘争が起きている。ますます民進党の復活は厳しい。そうなると、いま最も総統の座に近いのはテリー・ゴウということになる。もちろん台湾政治は、一寸先は闇。そう簡単に行くとも思えないが、いまのところ、テリー・ゴウ立候補の知らせで、台湾のムードは一変してしまった。これから5月にかけて国民党の党内選挙が行われる見通しだ。

 テリー・ゴウの出馬の背後には、現主席の呉敦義、馬英九前総統、副主席の郝龍斌らが一致して画策した、という情報もある。彼らは前馬英九政権で党運営の主導権を握っていたが、現在の総統候補レースでは呉敦義や馬英九は人気が伸びておらず、妥協案としてテリー・ゴウという神輿を担ぐことで権力確保を狙ったとしても不思議ではない。

 テリー・ゴウは、日本では間違いなく、最も有名な台湾の経営者である。その彼が出馬するというのだから、日本では当然、大きなニュースになった。なにしろ、日本のナショナルブランドであったシャープを買収し、一時は東芝の半導体部門も買い取るという話になったこともあった。そのたびに日本での知名度はうなぎのぼりに上昇している。

 今回、テリー・ゴウの出馬表明に対し、通常は海外で野党の総統選候補に立候補したニュースではありえない「速報」を日本メディアが流したことも当然といえる。


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