オトナの教養 週末の一冊

2019年5月18日

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中西 享 (なかにし・とおる)

経済ジャーナリスト

1948年岡山県生まれ。72年共同通信社に入社。88年から91年までニューヨーク特派員、経済分野を取材し、編集委員を経て2010年に退社。現在は経済ジャーナリスト。著書は「ジャパンマネーの奔流―ニューヨーク・東京・ロンドンの24時間」(1987年、ダイヤモンド社)、「日本買い 外資は何を狙っているか」(2005年、PHP研究所)など。

新聞部数が半減

 米国ではデジタル化に伴い新聞社数がこの10年間に激減、部数も大きく落ち込んだ。新聞の購読者数が1984年は6334万部あり、2007年までは5000万部を超えていたが、08年以降は大幅な減少となり17年には前年より11%減って3095万部になったと見積もられているという。

 米国の新聞は1980年代の最盛期と比べると30年弱で部数が半減したことになる。これに伴い新聞社で編集者や記者として働く人数が、2006年に7万4410人だったのが、毎年減り続けて、09年に6万770人になり、17年には3万9210人にまで減ったという。退職した記者の中には調査報道NPOなどに移って引き続きジャーナリズム活動を行っている元記者もいるようだが、やめた記者を吸収するだけの受け皿にはなっていないようだ。

 そうした中で、行き場を失った元記者などが集って全米各地で調査報道を専門に行う小世帯のNPO組織が立ち上がり、地元自治体などを監視する活動をしている。デジタル時代になってもジャーナリズム精神が息づいている米国ならではという印象を持った。

 しかもこうした組織を支援しようと多くの寄付が寄せられているという。日本にはまだこうした組織が立ち上がっているのは聞いたことがない。また、伝統的なメディアがこうした外部のNPOと協力して調査報道をしようという試みも注目される。

強まる監視活動

 気になったのが、第9章の「報道機関への情報漏えいに対するアメリカ政府の『戦争』」で触れられた報道の情報源と疑われた人物に対する米国政府の訴追例がオバマ政権以降に大幅に増えていることだ。

 その中で「アメリカ政府による大規模監視はいかにジャーナリズムを傷つけているかー。人権団体『ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)』がニューヨークやワシントD.C.の記者たちにインタビューした報告書で、1970年代、多くのジャーナリストは情報源と電話で話をしていた。政府は当時、すでに、その気になれば、それらを盗聴する技術を持っていたが、伝統的な手法による盗聴や物理的監視にはぼう大な時間と要員が必要だった。

 今日、多くのやり取りは電子的に行われるようになり、その結果、ある特定の人物の生活について、以前より多く、より簡単にアクセスでき、より簡単に保存できる記録が存在している。ワシントD.C.の安全保障担当の記者が嘆いていた。『かつては、十分に注意を払っていれば情報源を守ることができると、考えていた。いまや、そうではない、と分かった。外を歩けばそれが記録され、どこかにいればそれが記録される』」とある。

 つまり、情報、監視技術の発達により、当局は記者のすべての行動を監視することが可能になり、情報源とメールで連絡を取っただけでも相手を特定されてしまうリスクがある。まして、パソコンや携帯を当局に押収されると、連絡を取り合っていた情報源がすべて明らかになってしまう恐れがある。ということは、情報を提供する側も、情報源が明らかになることを警戒して、記者への情報提供をこれまで以上に躊躇しがちになり、調査報道を行う上で大きな障害になる可能性が出てきている。

 調査報道で思い出されるのが、1976年に公開された映画で、ニクソン大統領を辞任に追い込んだウォーターゲート事件を描いた「大統領の陰謀」が忘れられない。最近では2017年のペンタゴン(米国防総省)の秘密を暴いたニューヨーク・タイムズなど米国メディアと権力との戦いを描いた「ペンタゴンペーパーズ 最高機密文書」が記憶に新しい。

 こうした担当記者が書いた特ダネは、いずれも政府部内の内部告発が重要な役割を果たしていた。いまの情報統制が強化されたワシントンの状況では、こうした内部告発からの特ダネは生まれにくくなってきそうで、日本も同じような状況にある。

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