「トランプの勝利は偶然か必然か?」-というキャッチコピーで発売された「現代アメリカ政治とメディア」。デジタル化が加速する中で、ツイッターなど新しいメディアを巧みに利用するトランプ大統領の登場により「フェイクニュース」という言葉が常とう句になった現代のメディア。先の大統領選挙を舞台に、米国のメディアを取り巻く最新事情、問題点について具体例を交えて詳しくリポートしている。
「フェイクニュース」
米国に駐在経験がある朝日新聞や元共同通信の記者らがオバマ政権のころから米国のメディアについて4年間にわたって取材したもので、関係者のインタビューが多数網羅されており、米国のメディア事情を丹念に調べた力作だ。
2016年の大統領選挙をめぐってのトランプ大統領とヒラリー・クリントン前国務長官との選挙戦に関しては、これまで以上に多くのメディアが、選挙戦の様子を手厚く取材せざるを得なくなった。その結果、新聞を含むメディア全体の購読者数、視聴者数、アクセス数は急増してメディアビジネスとしては予想以上に伸びたが、国民の間に鋭い分断を招いたという。この分断が何時、どうやったら収まるかについての答えは見つかっていないようで、すでに動き始めた来年の大統領選挙ではこの流れが一層エスカレートしかねない。
この亀裂に油を注いだのが、「メディアは国民の敵だ」といってはばからないトランプ大統領の止まらないメディア攻撃だった。自分に反対する意見を述べるメディアに対してすべて「フェイクニュース」という烙印を押す大統領の発言ぶりは、手の施しようがないという感じだ。そうした中でも、「フェイクニュース」とトランプ氏に呼ばれ続けている「ニューヨーク・タイムズ」や「CNN」は政府部内の不正を暴くなど特ダネを連発しているようで、あの気紛れなトランプ大統領とよく対峙しているなと感心する。
デジタルに軸足
「トランプが大統領選で強力な『武器』として使ったのがソーシャルメディアのツイッターだ。これはメディアのフィルターを通さずに、有権者に直接、自分の主張を訴え続けてきた。トランプの場合、ツイッターのフォロワー数を2016年春以降、毎月ほぼ100万人とう驚くべきペースで拡大させていった。投開票まで1カ月に迫った16年10月初旬の時点で、その数は1220万人に達し、それまでの政治家として最も多かったオバマ大統領の1070万人を初めてしのいだ。ちなみに、この時点でクリントンのフォロワー数は949万人だった」という。
トランプ氏は大統領候補のテレビ討論会で形勢が不利になったときに、つぶやきはじめた虚偽のツイートにより形勢を逆転させることに成功したという。
「これは一例に過ぎないが、トランプはツイッターを使って、事実でないこと、あるいは自分に都合がいいことを、有権者に直接、訴えかけた。自分の集会では、メディア攻撃を繰り返した。伝統的なメディアの信用を失墜させ、自らの主張を支持者に信じさせる環境を巧みに作り上げていった」と書いている。
「クリントンは過去の大統領選を例にテレビを重視したが、トランプは完全にデジタルに軸足を置いた。テレビ広告にクリントンが2億ドル以上かけたのに対して、トランプは1億ドル以下。一方、選挙戦最後の数週間でデジタル広告には、クリントンは約3000万ドルをかけたが、トランプの3分の1にすぎなかった。ソーシャルメディアを通じた、政治ニュースへのアクセスが急増したことから、トランプのデジタル広告への重点投資は、明らかに優れた戦略だった」という。有権者に対して、どのように訴えることが票につながるか、トランプ大統領の方が先見の明があったと言わざるを得ない。
偽物動画には要注意
同時に「ディープフェイク」と呼ばれる、意図をもってウソのニュースや動画を流す傾向が強まっているのも要注意だと警告している。特に大統領選挙に絡んで、わざとどちらかの陣営に不利な情報をまことしやかにSNSなどを使って拡散させるというやり方で、一見すると偽物か本物のニュースなのか分かりにくいという。日進月歩で進化しているIT技術を使えば、素人はすぐに騙されてしまう。このため、正確な報道を目指すメディアにとって、ますその情報が事実に基づくものなのかどうかを確認する必要があるようで、メディアの中には「ファクトチェック」なる組織を作っているところもあるという。
日本でも話題提供になる偽物動画は時々お目にかかるが、大統領選挙といった一大政治イベント、日本でいえば総選挙や首相指名選挙などに絡んで、「ディープフェイク」が横行するのは、まだ想像しがたい。しかし、いずれは意図的な効果を狙った偽物動画がこうした重要なイベントを狙って登場することも予想されるだけに、要注意だ。それらしい動画を見ても慌てて信用せずに、本物か偽物かを慎重に見極める必要がある。