2024年4月19日(金)

赤坂英一の野球丸

2019年5月22日

 その小川監督が選手、コーチとして仕えていたのが、おしゃべりの面白さではいまだに右に出る者がいない野村克也監督。ヤクルトでも阪神でも楽天でも、ノムさんが試合前にベンチに腰を下ろすと、記者やアナウンサーのみならず、プロ野球OB評論家までがどっと押し寄せたものだ。ただし、敵にも味方にも容赦ない〝毒舌〟を浴びせて、つい「あのバカが…」などと口走るので、そのまま活字にできないことも多かったが。

戦国時代ネタが好きな星野仙一監督

 ノムさんと同時代では、中日、阪神、楽天で指揮を執った星野仙一監督の話も聞かせる内容が多かった。中日監督時代は戦国時代のネタが好きで、どの有名な武将がどの監督に似ているか、番記者を相手によくウンチクを傾けていたものである。

 「星野さんは織田信長に似てますね、と言われるけど、信長は明智光秀に裏切られて殺されたんだぞ。おれはそれほど身内に恨まれるようなことはしてない。逆に、どれだけ大切にしていることか」

 では、戦国時代の〝最後の勝ち組〟として江戸幕府を築いた徳川家康はどの監督に相当するのか。周囲の記者から、巨人に2度目の復帰を果たした長嶋茂雄監督の名前があがると、星野監督は首を振ってこう言った。

 「家康は徳川家存続のため、信長の娘を嫁にもらった長男(信康)を切腹させてるんだ。長嶋さんは長男(一茂)を巨人に入れて溺愛してるじゃないか。家康とはやってることが逆なんだよ」

 そうした口の達者な名将に比べ、常に堅く生真面目な話に終始していたのが巨人、ダイエー(現ソフトバンク)の監督だった王貞治・現ソフトバンク球団会長である。当時は私が夕刊紙・日刊ゲンダイの社員記者で、もっぱら刺激的なネタを探していたことから、王さんの話はいつも面白くないな、と思うことも少なくなかった。

 ところが、最近になってスポーツライター・石田雄太の著書『平成野球30年の30人』(文藝春秋)に収録されている王監督のインタビュー記事を読み、印象が変わった。1998年のシーズン開幕前、Sports Graphic Numberに掲載されたもので、当時の王監督は95年にホークスの監督に就任して以来、一度も優勝していない。96年には近鉄戦に負けたあと、移動バスに生卵をぶつけられるという屈辱的な事件も起こっていた。

〝世界の王〟が、率直に吐露

 選手としてホームランの世界記録(当時)を打ち立て、国民栄誉賞まで受賞した王監督はどのような心境で98年を迎えようとしていたのか。〝世界の王〟が、率直に吐露しているくだりを一部抜粋しよう。

 「本当なら俺とかミスター(長嶋茂雄)は現役を終えたら山に籠もるべきだったんだ。山口百恵みたいにね(笑)。下界におりてきてチョロチョロやってるから、いろいろ言われちゃうんだな」

 「俺は、監督としては細かいことをごちゃごちゃ言うタイプじゃないんだよね。だいたい、そんなこと、俺には求められてなかったからね。ミスターだってそうだけど、ファーストとサードやって、3番、4番なんて打ってる人間は、そんな細かいことは言われないよ。はっきり言って、細かいことはわからんよ」

 「めざす王野球は何ですかって、よく言われるけどね、そんなものはないんだよ。あえて言えば、98年のダイエーというチームを与えられて王貞治がやる野球、それが王野球だな」

 「王はインタビューを断らないから取れて当たり前だと(取材する側は)思ってる。思ってるだろ(笑)。俺はなるべくみんなに、できる範囲で自分ができることをやろうと思ってるだけでさ。現役の頃から、(マスコミには)ずいぶんサービスをしてきたよ。でも、(取材した側は)そういうことは忘れて、なかなか取れない(選手や監督から)インタビューが取れたりすると、やっと取れた、あの人は案外いい人だったなんて言って大喜びするだろ?」※(笑)を除くカッコ内の補足は筆者・赤坂による。

 これは面白かった。こういう話、私も当時何度か聞いているはずなのに、何故か一度も記事にしたことがない。私がまだ若く、血気盛んな夕刊紙記者だったために王監督の言葉が不遜に聞こえ、内心で反発を感じたからだろうか。汗顔の至りである。

 ちなみに、王監督の言う「なかなかインタビューが取れない」イチローの記事も、本書には収められている。イチローは2006年第1回WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で王監督が率いた日本代表に中心選手として参加。見事、決勝打を打って初の世界一に貢献した翌日、石田にこう話している。

 「僕は、世界の王選手を世界の王監督にしたかった。それがすべての始まりでしたから、その充足感はありましたよ」

 そう言って、ふたりが日本国旗に包まれたとき、王に直接感謝の言葉をかけられたことを明かし、「最後にそう言ってもらったことが僕は何よりも嬉しかったんです」と語っている。王監督の言葉の中身は、ネタばらしになるのでここには書かないでおきます。

(文中敬称略)

  
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