2011年12月4日、ロシアでは下院選挙が行われた。来年の大統領選挙の前哨戦ともみなされてきた選挙だが、与党・統一ロシアは選挙前から苦戦が予想され、体制側はなりふり構わぬ選挙戦を繰り広げた。さらに、選挙のプロセスでも多くの不正が報じられ、国内外からは多くの批判が出た。「不正選挙」の結果、統一ロシアは、大きく議席を減らし、目標としていた憲法改正に必要な3分の2の議席には遠く及ばなかったものの、過半数の議席をかろうじて維持することができた。
しかし、ロシア国民は、不正選挙とその弾圧的な政府の姿勢、さらにメドヴェージェフ大統領との「ポスト交換」をして、来年大統領に返り咲こうとしているプーチン首相に対する反発を強めており、インターネットや抗議行動などで不満を表出するようになっている。特に、12月10日の全国各地での抗議行動はかなり大規模なものとなった(詳細は拙稿「ロシア下院選挙 ―― プーチンに国民がつきつけた『ノー』」参照)。
「アラブの春」と「ロシアの冬」?
このような動きを「アラブの春」になぞらえて、「ロシアの冬」と称する報道も見られるが、筆者は、実際にはこれらの動きが「アラブの春」的な状況にまで発展するとは考えていない。その理由は以下のとおりである。
まず、ロシアのみならず、旧ソ連全体に言えることなのだが、ロシア市民が政治的・経済的混乱による疲弊のトラウマをまだ忘れていないということがある。20年前のソ連解体に伴い、旧ソ連諸国は大きな政治的混乱と市場経済化の荒波で打撃を受けた。民族紛争を経験した国々のトラウマはとりわけ大きいが、ロシアも政治・経済の混乱やチェチェン紛争などで国民の生活はかなり厳しいものとなっていた。
ソ連解体直前の1991年の8月クーデター、ソ連解体後のエリツィン時代のモスクワ騒乱事件や経済危機など、国民は多くの苦悩を経験した。現状への不満は大きいが、このような混乱を再び味わいたくないと考える国民は少なくない。2003年のグルジアのバラ革命、2004年のウクライナのオレンジ革命、2005年と2010年のキルギスの政変など、旧ソ連諸国にもソ連解体後にいくつかの政変があったが、それらが「民主化・自由化」へとスムーズに移行できていないことも、旧ソ連諸国の人々の安定志向に拍車をかけているように思われる。
第2に、反プーチン運動は主に都市部で活発化している一方、地方ではプーチンの支持率が依然として比較的高く維持されているということもある。
第3に、プーチン氏に代わる指導者がいないことである。一連の抗議デモでは、プーチン氏に退陣をつきつける要求が多々出ているとはいえ、プーチン氏に代わりうる政治指導者が不在であるという深刻な問題がある。プーチン氏を引きずり下ろしたところで、まっとうな指導者がいないのであれば、国の混乱は目に見えている。それならば、不満があっても安定状況を維持してくれるプーチン氏のほうがマシかもしれないと思う国民が多いのも事実だという。
プーチン 大統領返り咲きへの影響
これらのことを鑑みると、来年の大統領選挙でもプーチン氏が勝利することはまず確実視されている。しかし、今回の一連の出来事――なりふり構わぬ選挙戦と不正選挙、反政府的な言動や行動の弾圧、そしてそれに対する大衆の抗議行動は、今後の大統領選挙や政権運営に大きな悪影響をもたらすことは間違いない。さらに、その影響は経済分野にも及び、プーチン氏と関係がある、ないし彼が構築した経済システムから利益を受けたロシア企業の株価は、下院選挙後、大量の売りを浴びせられ、独立系ガス会社ノバテクを筆頭に、プーチン銘柄の株が軒並み急落したのである。