遺伝子組換えのこれまでの日米交渉に詳しい宗谷敏氏は、「米国との交渉において下手に『食の安全』などと持ち出せば、日本人は科学を理解できていないと思われるだけ。『遺伝子組換えが、安全性で劣るという根拠を示せ。根拠を示せないのなら、そのような科学的でない表示制度は廃止しろ』と付け込まれかねない」と警告します。
感情的な主張では、国際交渉で敗北必至
いくつかの例を挙げて説明してきました。読みながら、「ああ、面倒くさいなあ」と思った方も多いでしょうが、それが現実。食品にかんする制度や国際関係はそうそう単純ではないのです。このほかにも事例は数多くあります。収穫後の農産物に農薬を使用するポストハーベストなども、消費者団体は輸入食品の問題点として挙げますが、その主張は科学的根拠に欠けます。巷にあふれるルーズで感情的な主張が国際交渉で通用しないのは言うまでもありません。
そもそも、WTOの協定の中には「SPS協定」というものがあります。「Sanitary and Phytosanitary Measures(衛生と植物防疫のための措置)」で、各国の輸出入にかんする規制は科学に基づくものでなければいけないとしています。そして、健康と安全のための厳格な規制が、国内生産者を保護する口実として使われないように、細かな条件等が定められているのです。
TPPで食の安全が揺らぐという主張は、うっかりすると海外諸国から「SPS協定違反」とみなされかねません。
だからTPP賛成、と主張するつもりはありません。しかし「食の安全」にかんしてこんないい加減な主張を国内で繰り広げていては、TPPに参加するにしろ、しないにしろ、生き馬の目を抜く国際交渉の舞台では敗北必至です。
それに、科学的根拠のない感情論は、国内生産者の甘えを産みます。残念ながら、海外の状況を知らずに「国産だから安全、高品質」と信じ込んでいる生産者もまだ、大勢います。国内生産を大事に思い改善を期待するからこそ、苦言を呈さなければならないのです。
消費者、生産者の受けがいい「食の安全」を隠れ蓑にしてTPPへの参加の是非を議論するのではなく、もっと大人の主張と交渉をしてほしい。そう願うばかりです。
<参考文献>
内閣府国家戦略室「TPP協定交渉の 分野別状況」
http://www.npu.go.jp/policy/policy08/pdf/20111014/20111021_1.pdf
厚労省・食品中の残留農薬等
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/syoku-anzen/zanryu2/
JA全農・食品残留基準のポジティブリスト制対策情報
http://www.agri.zennoh.or.jp/hiyaku/positivelist/
財団法人食品産業センター「平成22年度食品産業における『食品中に残留する農薬等の基準に係るポジティブリスト制度』施行の影響と見直しに関する調査報告書」http://www.shokusan.or.jp/index.php?mo=topics&ac=TopicsDetail&topics_id=595
厚労省・輸入食品監視業務
http://www.mhlw.go.jp/topics/yunyu/tp0130-1.html
東京都 残留農薬等検査結果一覧
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/shokuhin/z_nouyaku/kekka/index.html
独立行政法人農林水産消費安全技術センター・農薬登録申請
http://www.acis.famic.go.jp/shinsei/index.htm
厚労省・遺伝子組み換え食品
http://www.mhlw.go.jp/topics/idenshi/
消費者庁・食品表示
http://www.caa.go.jp/foods/index.html#m07
欧州連合プレスリリース「Commission publishes compendium of results of EU-funded research on genetically modified crops」
http://europa.eu/rapid/pressReleasesAction.do?reference=IP/10/1688
宗谷敏「優等生も学級の罰は免れない~TPPの遺伝子組み換え食品義務表示論議」http://www.foocom.net/column/gmo2/5207/
農水省・WTO・SPS協定
http://www.maff.go.jp/j/syouan/kijun/wto-sps/index.html
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