TPP参加と「食の安全」を結びつける議論は、往々にして科学的とは言い難いものです。国内の関係者が自分たちの優位性を守るために、市民、消費者の「国産の方が高品質、安全」という錯覚を利用している面を否定できません。前篇のBSE問題に引き続き、具体的に解説しましょう。
残留農薬・動物用医薬品の国内基準が厳しい理由
農薬や動物用医薬品の食品の残留に関して、現行の国内基準が非常に厳しいというのは事実です。しかし、それは、「ポジティブリスト制度」という新しい制度を導入してからまだ時間が長くはたっていない“過渡期”だから、という側面が強いのです。
それまでの残留に関する規制は「ネガティブリスト」方式でした。ネガティブリストは、残留してはならないものを示す制度で、一部の農薬と食品の組み合わせについて基準が設定されていました。しかし、この方式だと、基準がないものについては、いくら残留濃度が高くても取り締まれません。
中国産冷凍ホウレンソウで高濃度の農薬残留が見つかるなどして社会問題となり、生協など消費者団体の強い要望により法律改正が行われ、2006年にポジティブリスト制度が始まりました。
ポジティブリスト制では、ほとんどの食品と物質の組み合わせについて基準が設けられました。基準がない組み合わせには一律基準(0.01ppm)が適用されます。0.01ppmという数字は、「どんなに毒性の強い化学物質であっても健康影響がない」として決められたものです。この方式により、すべての農薬、動物用医薬品の残留を規制することができるようになりました。
なぜ国際基準に統一しないのか?
ただし、問題もあったのです。本来であればすべての組み合わせについて科学的根拠に基づく残留基準が定められるべきです。科学的根拠とするには、膨大な数の動物実験や作物を用いた実験の結果が必要です。しかし、法改正から制度導入までの準備期間が短く実験をこなせません。そこで、過渡的な措置として国際基準や諸外国の基準を借りました。そうした基準もない場合には一律基準が用いられます。
その結果、0.01ppmという極めて低い数値で規制される物質と食品の組み合わせが、非常に多くなってしまいました。ほかの食品では数ppmというような残留基準が設定されている農薬が、「実験が足りない」というだけで、別の食品では0.01ppmで規制されてしまいます。たしかに、消費者の健康影響は起きないでしょう。しかし、科学的には矛盾に満ちた制度と言わざるを得ません。
「BSEと同じような考え方で国際基準に統一すればいいのに、なぜしないの?」。そう思われる方もいるかもしれませんが、農薬と動物用医薬品は、国ごとに使い方が異なり、残留する食品の摂取量も違うので、それぞれの国で検討するのが通例です。そのため、日本では食品安全委員会と厚労省が審議をしています。
こうして決まる残留基準は、国産食品と輸入食品のどちらにも、まったく同じものが適用されます。そして、0.01ppmという数字は、袋に農薬が付いておりその袋に農産物を入れただけでも、移って超過する可能性がある、というくらい小さな数字。国内でも、散布により霧状になった農薬が風に乗って飛散し作物にわずかに付着しただけで超過する、と心配されました。