最近、中国の大学や企業で実践的なネゴシエーションのレクチャーを行っている先生と上海で会食する機会があったので、ワインを飲みながら米中貿易摩擦をネゴシエーションの角度から見るとどう思うか質問してみた。
私はまず、中国政府はネゴシエーションに長けている印象があるのだが、今回なぜ交渉が決裂したの問いかけたところ、意外な答えが返ってきた。
中国政府には、そもそも西側世界で言うようなネゴシエーションは、存在しないのだから、それに長けているはずはないと。
そもそもネゴシエーションとは、平等、対等な環境の中で、双方が共存するための落とし所を探る作業であるはずと、この先生は考えているとのことだ。
ただ、中国においては共産党が絶対的な権力を持っているので、多くの共産党のエリートたちが、自らが経験した「談判」(中国語のネゴシエーションの意味)とは、随分と様子が違うと。
つまり、権力を笠に一方的に命令する、または、一方的に有利な立場を背景に温情を示すようなケース、もしくは、下位の立場の人からすれば、上位の人の気持ちを忖度し、リーダーの歓心を買い、または利益供与をして自分に有利な温情を示してもらうようなやり取りが、主だったものだという。
これまで米国との交渉に当たった中国側の人選は、多くの金融政策の専門家や経済学者で、そうしたネゴシエーションの経験があるように思えないが、それに対して、米国側は貿易専門の弁護士(Robert Lighthizer)が主導するものであったので、とてもネゴシエーションが噛み合うとは思えない。
とはいえ、今回新たに中国側の交渉副代表として指名されて俞建華氏は、少し期待していいかもしれないと。その理由は、
- 俞建華氏は、商務部の官僚として28年の貿易交渉に経験があり、商務部第一副部長から国連ジュネーブ大使として転出し、定年まで過ごす予定であった。
- ところが、今回米中交渉が決裂した結果、おそらくはトップ自らの指名で急遽呼び戻されたとのこと。
- 米中貿易交渉は、本来商務部が担当すべきであったものであるので、これで本来あるべき姿に戻ったとも言える。
- 俞建華氏は、貿易業界では評判が良く、強気ではあるが、柔軟性と想像力を有し、広範な影響力を有しており、何よりも貿易の専門家である。
これまで米中貿易交渉が、商務部主導でなかったことが意外であるが、関係者に確認したところ、貿易政策についても、国家体制改革委員会の方が影響力を有しているのが現実だそうだ。
いずれにせよ、俞建華氏は若い頃から外国との貿易交渉の豊富な経験を有しているので、正に、前掲の先生がいうところの「平等、対等な環境の中で、双方が共存するための落とし所を探る作業」であるネゴシエーションを経験してきた人物なのであろう。
だとすれば、今後の米中貿易交渉、これまでよりは噛み合う可能性が出てくるのではないか。多くの専門家が指摘している通り、本件、貿易問題だけでなく、米国の安全保障戦略も大いに絡んだ問題なので予断はゆるさないが、そうしたディレンマに陥ったときこそ、ネゴシエーターの柔軟性と想像力が必要なはず。そうした視点で、 G20前後の米中の動きを見てみたら面白いかもしれない。
中国側の交渉担当者が、具体的にどのように柔軟性と想像力を発揮するかであるが、これまで日米中のビジネスの間でネゴシエートをしてきた自分のささやかな経験から言えば、まずは、トランプ大統領、そして米国の交渉担当者が、何を欲しているのか、何をゴールとしているのかを、しっかり本音を引き出すことがファーストステップのはずで、もしかしたら、これまでに交渉では、これができていなかった可能性が高いと感じている。
交渉上手とされるトランプ大統領のこと、ゴールはあらかじめ設定しておらず、交渉しながら、自分のゴールを設定してくる可能性もある。相手がなかなか最終的なゴールを示さなくとも、議論の中で相手の問題意識を少しずつ引き出すことはできるはずで、まずは、双方が、双方の問題意識を表に出していって整理して行かないと交渉は成り立たない。
米国側の担当者としては、相当中国側の内部事情にも通じていないとどこまでおしきれるのか、判断が難しいはず。実は米国側の目的は、はっきりしているはずで、米国の覇権に挑戦する中国をいかに有効に牽制し、同時に米国にも経済的な利益をもたらし、以ってトランプの次期選挙に大きなポイントをもたらすことであろう。
もし、米国側が引き延し戦略にでるようであれば、中国はさらなる長期戦になる最悪のケースも想定する必要があり、そこの覚悟のあり方で、まだ交渉の流れも変わってくるはずだ。交渉担当者は、この過程でしっかりと自分のトップに情報を伝達し、決断すべきポイントを明確に迫る胆力も必要だ。公開情報しか手に入らない私ではあるが、米中間のやり取りを見ているとこのような想像が巡らされる。