2024年4月26日(金)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2019年6月20日

 6月4日の天安門事件30周年記念に際し、ポンペオ米国務長官は、天安門の犠牲者を悼み、彼らに深い敬意を表するとともに、中国の人権状況に厳しく注文を付ける声明を発表している。要旨は次の通りである。

(chuongy/syntika/iStock)

 6月4日、我々は、1989年6月4日に天安門広場で中国共産党政権に武力で鎮圧された、民主主義、人権、腐敗との戦いを求めた中国人民の勇敢な抗議運動の栄誉を称える。中国各地から多数の抗議者が北京その他の都市に集まり、中国のより良い将来を求める中で、深刻に傷つけられた。犠牲者の数は分からない。我々は、愛する者を失って深く嘆き悲しむ家族に、深い悲しみを表明する。30年前のこの出来事は、いまだに我々の、そして世界中の自由を愛する人々の良心をかき乱す。

 あれから数十年間、米国は、中国の国際システムへの統合が、より開放的で寛容な社会につながると希望してきたが、そうした希望は挫かれた。中国の一党体制は、異議を許さず、体制の利益のためにはいつでも人権を侵害する。今日、中国人は新たな虐待の波にさらされている。とりわけ、新疆において、共産党政権は、ウイグル文化を窒息死させイスラム教の信仰を消滅させようと企て、100万人以上のイスラム系少数民族を拘束している。共産党が強力な監視国家を構築している時に当たってさえ、普通の中国人は、人権の行使、独立した団体の組織を求め、法制度に則った正義を追求し、自らの意見を表明し、それがため多くの者が、罰せられ、投獄され、拷問さえ受けている。

 我々は、30年前に天安門広場で権利を求めて勇敢に立ち上がった中国の英雄たちに敬意を表する。彼らの模範的な勇気は、ベルリンの壁崩壊、東欧における共産主義の終焉に始まり、自由と民主主義を求める世界中の次の世代の人々を鼓舞した。

 我々は、中国政府に対し、この歴史の暗黒章における多くの犠牲者に慰めを与えるべく、死者、行方不明者についての公的説明を求める。そうした措置が、中国共産党が人権と自由を尊重する意思があることを示す。我々は中国に、人権と自由の行使を求める人々を解放し、恣意的な訴追をやめ、テロリズムと宗教的・政治的表現を混同するような政策をやめるよう求める。中国の憲法は、あらゆる権力は人民に属すると規定している。歴史は、政府が国民に対して責任をもち、法の支配を尊重し、人権と自由を支持するときに国家はより強くなれることを示している。

出典:Michael R. Pompeo ‘On the 30th Anniversary of Tiananmen Square’(U.S. Department of State, June 3, 2019)
https://www.state.gov/on-the-30th-anniversary-of-tiananmen-square/

 ポンペオ長官の声明は、人権、民主主義、自由といった諸価値を強く打ち出しており、天安門事件30周年にふさわしい適切な内容である。最近の米国の対中政策を見ていると、上記ポンペオ声明は、単なる天安門事件へのコメントを超える意味があるように思われる。つまり、米国が中国との対立を単なる覇権争いではなく、価値観の衝突という側面からも見始めているという文脈を象徴しているようにも理解しうる。

 4月末に、米国務省のキロン・スキナー政策立案局長は、シンクタンクNew America主催の安全保障関連のフォーラムで、米中対立を「文明の衝突」と表現して物議をかもした。スキナーは「真に異なる文明間、真に異なる価値観の間の戦いである」と言っている。確かに「文明の衝突」という表現が適切であるかどうか大いに議論の余地はあるし、「初めて非白人の大国と戦うことになる」と述べたのは弁護のしようがない。なお、スキナー自身は黒人女性である。米側としてどういう価値観を打ち出してくるのか慎重に見極める必要はある。

 しかし、いずれにせよ、2017年12月の『国家安全保障』や昨年1月の『国防戦略』の、「大国間の競争」とは趣がかなり異なってきたように見える。重要なことは、スキナーがトランプ政権の対中政策の指針をまとめるべく、冷戦時にソ連封じ込めを説いたジョージ・ケナンのX論文にならって「X書簡」の策定を目指している点である。さらに、6月下旬には、ペンス副大統領が中国の人権問題を厳しく非難する演説を行う予定であるとも報じられている。米側が中国との対立において価値観を重視するようになれば(もちろん、上記ポンペオ声明が触れているような、人権、自由、民主主義、法の支配の尊重を主張することは歓迎すべきことではあるが)、対立を実利的に処理するということが難しくなる。米中対立は、より深く、より長いものになると見ておくべきではないだろうか。

  
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