2024年7月16日(火)

足立倫行のプレミアムエッセイ

2019年6月28日

「民主化は庶民と無縁のエリートの運動だった」

 根底にあるのは、事件に対する中国政府の徹底的風化方針だ。当局は天安門事件を「反革命暴乱」と呼び、関連する言論や報道を封殺してきた。従って、30代以下の人々は事件そのものを知らない。40代以上で記憶があっても、いっさいの情報が隠蔽されているため、事件の経緯や背景を確かめようがない。

 その上で安田さんは、「民主化は庶民と無縁のエリートの運動だった」と指摘する。

 天安門広場に集結した北京大学や精華大学などの学生は当時の超エリートだった。その要求は、直前に死去した改革派の胡耀邦前総書記の名誉回復や、運動を「動乱」と断じた人民日報の社説の撤回など多方面。どれも庶民には縁遠く意味不明だったが、北京市民の中には「学生さんが何か頑張っている」と食料支援をしたり一緒に座り込む人もいたのだ。

 もう一つの民主化沈黙の要因は、やはり事件後の順調かつ驚異的な経済成長である。

 事件後一時的に経済停滞したが、92年の鄧小平の「南巡講話」以降、外資誘致など本格的な経済改革が展開され、中国は「世界の工場」として奇跡的な成長を遂げ、2010年には世界第2位の経済大国に躍進した(30年にはアメリカを抜いて世界一になる予測)。

 これだけの「実績」を示すと、共産党の一党支配や正統性に疑問を持つ人は激減する。経済発展する祖国しか知らない若者はもちろんだが、安田さんが取材した学生参加者(その多くは現在50歳前後の社会的成功者)の大半が、「政府の鎮圧は仕方なかった」「再び起きても自分は参加しない」と語っている。

 要するに、「再び天安門事件は起きるか?」と問えば「起きない」というのが、安田さんの引き出した答だ。5000年の歴史の半分が独裁、半分が戦争の国、強権統治が常態の国で、「民主化はファンタジーだ」と。

 もっとも私とのインタビューで、「都市や一地方なら民主化は可能かも」と安田さんは付け加えた。上海や深圳などである。

 その中に香港は入っていなかったが、この6月の「逃亡犯条例」改正案反対の大規模で激しいデモを見ると、香港も候補地域だ。

 G20大阪サミット後に、中国政府が「一国二制度」に基づく香港の要求をあくまで力で押さえ込もうとし、香港が反発して流血沙汰にでもなれば、第2の天安門事件になる。

 昨年3月に国家主席の任期を撤廃し、その権力が「毛沢東を超えた」と称される習近平は、そうした混乱・騒擾にどう対処するか?


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