2024年4月19日(金)

名門校、未来への学び

2019年8月10日

本を1冊書きたいという希望は、小学校の頃から持っていた

 作家になりたいと思ったことはなかったのですが、本を1冊書きたいという希望は、小学校の頃から持ち続けていました。それで高校大学と折に触れ、書き出してはみるんだけど、大体原稿用紙5〜6枚とかで止まってしまい、放り投げていました。でも、『今はまだその時じゃないんだ』って、その後もたまに繰り返してたんです(笑)。ところが、44歳になって、いつもと同じような感覚で書き始めたら、最後まで書けた」

 それがデビュー作の『チーム・バチスタの栄光』だった。そもそも「人は誰でもひとつは物語を書くことができる」という言葉を小学生の時に聞き、小説への志を温めてきた。ちなみにその言葉は、作家デビューした後に井上靖が山崎豊子に語ったと知ったという。

千葉高校講堂

 「人間に興味があったので、進路は哲学と医学を考えた」とも語る海堂さん。哲学は独学でも勉強できるだろうと、自分では勉強しにくい医学の道を選び、後先のことは「受かってから考えよう」と医学部に進んだ。その「人間への興味」を多様に持てたのも、読書という常日頃からの嗜みのおかげ。さらに高校時代から研鑽を積んだ、剣道の影響も多少はあったようだ。

 「1年生の時は顧問の先生もおらず、先輩やOBが考えて練習をしてました。それが2年になって、剣道が専門の体育の先生が赴任し、顧問になってくれたんです。それまでは、ただがむしゃらの根性論でやっていたのが、合理的な練習になり、目からウロコが落ちました。

 先生は小柄で体つきも丸く、あまり剣豪っぽく見えない人でしたね。でも、柔道の『柔よく剛を制す』は剣道も一緒で、やっぱりただ力んでいるだけではダメなんです。先生の言葉で印象に残っているのは「力を抜け」。この力を抜くというのは、何にでも通じる極意なのではないかと思うし、人生観にもなってますね。

 いつも話すのですが、すべてが行き当たりばったりの結果。現在書いている、チェ・ゲバラが主人公の『ポーラースター』シリーズも、きっかけはNHKテレビの旅番組に出演したことでしたが、『どこでも好きなところに連れて行ってくれる』と言われたので、どうせなら自分一人では行きにくい場所をと思い、ふとキューバを挙げたんです。それも高校の頃、三好徹さんの『チェ・ゲバラ伝』を読んでいて、なぜか頭の隅に引っかかっていたから。それで、急に思いついたんです」

 「行き当たりばったり」。海堂さんはインタビューの冒頭でも、照れながら自らのスタンスをそう語ったが、伝統の名門校出身者らしく、多様性を自然と内に秘めているのだ。同じく医師だった漫画家の手塚治虫をどこか彷彿ともさせるが、その引き出しの広さから来る教養の深みが、作品世界にも見事に反映され、医療サスペンスという特異なジャンルで、あれだけの傑作を連打もできたのだろう。海堂さんの言葉による冒険はむしろ、まだ始まったばかりなのかもしれない。

(写真:鈴木隆祐、校舎写真:松沢雅彦)

【海堂尊プロフィール】
医師 ・ 作家。1961年千葉県生まれ。外科医、 病理医を経て、 現在は放射線医学総合研究所 ・ 放射線医学病院研究協力員。2006年、『チーム・バチスタの栄光』(宝島社)で第4回『このミステリ ーがすごい!』大賞を受賞し作家デビュ ー。同シリ ーズは多数映像化され、 累計1000万部を超える。2018年には『ブラックペアン1988』(講談社)がドラマ化、TBS日曜劇場で放映。また、キューバ革命の英雄チェ・ゲバラの生涯を描く「ポーラースター」シリ ーズを執筆中で、週刊文春にて「ポ ーラースター外伝フィデル!」を連載中。
近著に新書版『トリセツ・カラダ カラダ地図を描こう』(宝島社)『ポーラースター3 フィデル誕生』(文藝春秋)『氷獄』(KADOKAWA)

 日本を代表する名門高校はイノベーションの最高のサンプルだ。伝統をバネにして絶えず再生を繰り返している。1世紀にも及ぶ蓄積された教えと学びのスキル、課外活動から生ずるエンパワーメント、校外にも構築される文化資本、なにより輩出する人材の豊富さ…。本物の名門はステータスに奢らず、それらすべてを肥やしに邁進を続ける。

 学校とは単に生徒の学力を担保する場ではない。どうして名門と称される学校は逸材を輩出し続けるのか? Wedge本誌では、連載「名門校、未来への学び」において、名門高校の現在の姿に密着し、その魅力・実力を立体的に伝えている。このコーナーでは、毎回登場校のOB・OGに登場願い、当時の思い出や今に繋がるエッセンスを語ってもらう。

 現在発売中のWedge8月号では、千葉県立千葉高校の総合学習・「千葉高ノーベル賞」の取り組みを紹介しています。

  
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◆Wedge2019年8月号より


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