2022年8月12日(金)

中国 覇権への躓き

2019年10月3日

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渡邉真理子 (わたなべ・まりこ)

学習院大学経済学部経営学科教授

学習院大学経済学部経営学科教授。1991年アジア経済研究所入所後、96~98年香港大学商学院、2006~09年北京大学光華管理学院訪問研究者。13年から現職。著書に『21世紀の中国 経済篇:国家資本主義の光と影』(共著・朝日新聞出版社)など多数

中国鉄鋼企業の財務報告を読み解く

 過剰生産能力を抱える産業への補助金の問題は、16年に、米国鉄鋼業協会および欧州商工会議所が提出した中国鉄鋼企業等の過剰生産能力の報告で触れられている。

 興味深いことに、米国と欧州の間では、補助金の何が問題なのかの認識が異なる。米国は、資源価格や融資の金利などが抑えられている「隠れた補助金」の存在を取り上げる一方で、欧州は地方政府の地元企業保護のための補助金を問題にする。

 このうち、本来、WTOの枠組みにおいて問題となりうるのが、欧州の指摘する地元企業保護のための補助金である。この「明示的な補助金」が、市場にゆがみをもたらしているのであれば、現在の「多国間取り決め」の中で、中国に修正を求めることができるだろう。

 中国の鉄鋼企業のうち上場している企業は、年度報告書において、政府から受け取った補助金の内容を開示している。この補助金は、政府から受け取った金銭であり、それが企業の利益になっていることは間違いない。問題は、①「特定」の企業に提供され、②それが価格を低く抑え「悪影響をもたらしている」のか、である。一方、環境保全や研究開発を目的とした補助金は問題ではない、とされている。

 年度報告書では、誰から何の目的で与えられた補助金かが開示されている。WTOの補助金協定に違反しないもの以外に、地方政府からの「沿海強県突出貢献報奨金」「大口納税者表彰金」などのグレーな補助金の実例もある。さらに、本業である鉄鋼業の営業収益が赤字になっており、それを上回る補助金を政府から受け取り「救済」された企業を確認できる。下の表にあるように、こうした救済を受けた企業は、そうでない企業と比べ低い価格をつける傾向がある。

(注)2015年の数値
(出所)Sinofi n Dataおよび中国特殊鋼年鑑より筆者作成 写真を拡大

 経営が厳しくなった企業に追い銭のように補助金を与えた結果、市場価格が下がりすぎている、つまりWTOの補助金協定に違反している可能性がある。こうした事後的な支援の補助金は是正されるべきだろう。

 これとは別に、米国が問題としている補助金には、前述した「技術の高度化にかかる補助金」も含まれていると思われる。半導体や燃料電池など、新しい産業振興のための政府による事前の支援である。

 この補助金については、WTOの補助金協定の枠組みで問題にすることは難しいだろう。その理由は以下の3点だ。(1)補助金協定においては、研究開発を目的とする補助金は、競争をゆがめず問題ない、とされる。(2)中国政府が半導体業界の支援を行うチャネルとして有名なものは、国家集成電路基金があるが、これは投資ファンドであり、補助金ではない。そして、(3)そもそも、原理的に政府がこうした研究開発や産業振興をすることを、禁止するべきなのだろうか。これは、日本を含めどこの国でも行っているし、経済学者としてもノーと言わざるをえない。

 またこの分野の技術進歩の現実は、国籍を超えた協力に依存している。補助金そのものよりも、その支給と成果の配分方法の競争中立性が問題であろう。

 つまり、「補助金」をめぐる米国の非難はどちらも的外れであるが、一方で中国の問題も存在している。そこにこの「産業補助金問題」の難しさがある。事後的な国有企業支援は、市場にゆがみをもたらす競争歪曲的な傾向が強い。しかし、高度化支援の補助金そのものを抑制すると、世界の技術進歩が止まってしまう。技術進歩の成果を不当に占有することのないような公平な方法が必要であるが、既存のルールはない。さらに、米国にはそうした公平さよりも自らの技術優位を維持したいという焦りが見える。

 この状況で日本が自由貿易の原則の維持に徹する価値は大きい。いま、米国に対抗して、中国がWTO体制の維持にコミットすることを宣言している。その中国が誘惑に駆られ自国有利に行動しようとしたときに、牽制(けんせい)する存在が必要だろう。その役割を果たせるように、日本が襟を正していることが大切である。

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