そのTPPをめぐり、昨年来、国内論争は急激に熱を帯び、国論を二分するかのような報道がなされている。ゴールデンウイークには野田佳彦首相が訪米する予定であり、TPPに関して日本のスタンスを表明する可能性が高い。そうなれば、昨年のアジア太平洋経済協力会議(APEC)直前のような“大嵐”がやってくるかもしれない。
“入り口”の議論に終始する日本
農産物貿易問題のテクニカルな議論は、一般国民にはわかりにくい分野である。加えて、さまざまなステークホルダーの利害得失が絡むため、日本のみならず、どの国でも常に対立した論争が起こる。
事実、市場主義のアメリカでさえ、TAA(貿易調整支援プログラム)を1974年、通商法の下で設立し毎年更新をして、貿易による失業者の再雇用などの支援を行なっているほどだ。棚晒しになっていた米韓自由貿易協定(FTA)の批准条件は、TAAの更新と予算配分であったことは良く知られている。
さて、現在のTPP論争はマスコミ主導で“劇場型の対決”に仕立て上げられているように見える。これでは論者が過激な発言を強いられかねない。筆者はTPP参加に向け、国民のコンセンサス形成(基軸スタンスの決定)こそ喫緊の課題であると感じている。そして、もういい加減、「国を開く、開かない」の“入り口”の議論から脱却すべきだ。
「昔軍閥、今マスコミ」
また、賛成派と反対派が極端な例を示しつつ議論を進めていることも問題ではないか。
例えば反対派のある識者は、「禁止的高関税でもなく、ゼロ関税でもない適度の国内対策を追求すべきだ」と主張している。一方、賛成派のある識者は、輸出のポテンシャルについてかなり楽観論を述べている。
だが、よく考えて欲しい。まだ交渉が始まったわけでもない。双方がお互いに“遠吠え”を繰り返しても船は前進しない。冷静な議論に立ち戻る必要がある。
「昔軍閥、今マスコミ」が行き過ぎると国が方向を誤りかねない。内向き志向が蔓延する現状では、下手をすると戦前の国際連盟脱退のように、「WTO脱退論」まで出かねない。だが、反対派も現状、そこまで主張していないのは、不幸中の幸いなのかもしれない。
もっと現実的な対応策を主要ステークホルダーが集まって議論することが国益に資するはずである。この機会に日本は、長い間放置されてきたグローバル化時代に通用する農業政策改革案を政治主導で策定して議論すべきではないか。
貿易は成長のエンジン
「日本は貿易立国」と思われがちだが、日本経済における貿易比率は、輸出が17.6%、輸入が15.8%(2007年ベース)と以外に低い。そのため、内需を中心に成長策を推進すべきだという論調がある。
だが、貿易が経済成長のエンジンであることは世界の常識である。輸出産業の盛衰が日本経済に大きな影響を与えることは、最近の大企業のリストラや再編に伴う失業者数の増加などを見れば明らかであり、日本にとっても重要な政策課題である。
貿易比率を上昇させるには、グローバルなルールを整備することが喫緊の課題となる。TPPはそのための重要なツールの一つでもある。
自民党も民主党も貿易の重要性の認識が薄い
自民党はこれまで、貿易の重要性をあまり認識していなかったようだ。例えば、ガットの基本原則である「貿易障害の撤廃」に熱心ではなかった。そのため日本は1980年代、「12品目の残存輸入制限措置がガットルールに違反する」として、アメリカやその他の国々からガットに提訴され、該当品目の大半がクロ裁定される事件が起こり、国際的信用が低下した。
本来政治が対応しなければならない課題であるにもかかわらず、官に対外交渉を押し付けて、国内業界対立の妥協にだけ熱心で、国際ルールへのコンプライアンス問題には無関心だったから起こった事件である。