世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2020年1月13日

»著者プロフィール

 1月3日、米軍はトランプの指示で、イラクのバグダッドで、イランの革命防衛隊の精鋭部隊「クッズ部隊」のソレイマニ司令官をドローンによる攻撃で殺害した。これは一言で言って、無謀な行為であると言わざるを得ない。

Racide/iStock / Getty Images Plus

 昨年12月27日、民兵組織カタイブ・ヒズボラ(クッズ部隊の代理部隊に当たる)が、キルクーク近辺のイラク基地を攻撃、米国人1人を殺害、米兵4人を負傷させた。その報復として、米軍は12月29日、イラクの3か所、シリアの2か所のカタイブ・ヒズボラの拠点を攻撃し、カタイブ・ヒズボラの戦闘員少なくとも 25 人が死亡、55 人が負傷したという。カタイブ・ヒズボラ側は、12月31日から1月1日にかけて、バグダッドの米大使館周辺にロケット弾を撃ち込むなどしていた。そういう緊張状態があったが、今回のトランプ政権の行為はそういう中東でよくある紛争・緊張とは次元が異なる。

 ソレイマニは革命防衛隊というイランの正規軍の司令官であり、その殺害は戦争行為と言われても、弁明のしようがない。

 法的には、大きい問題が4つある。

 第1:国連憲章下では、他国への武力行使は、国連安保理が許可するか、あるいは自衛権行使以外に正当化されない。米は安保理の許可を得たわけではないから、自衛権行使としてしか、これを正当化できないが、自衛権行使の要件が整っていたのか、疑問がある。中露はこれを正当な自衛権行使とは認めていないし、英・仏・独も米の自衛権との主張を必ずしもエンドースしていない。

 国務省は第2次大戦中に山本五十六搭乗機を撃墜したのと同じなどと説明したというが、その時には日米は戦争をしていたのであり、米・イランは戦争状態に今あるわけではない。

 米の政策決定過程の中で、国際法が無視されている印象が強い。

 第2:ソレイマニ殺害はバグダッドの国際空港で行われた。イラクに今いる米軍は占領軍ではない。イラクの米占領軍は2011年撤退、今の駐イラク米軍は、イスラム国の脅威に対抗するために、イラクの要請により地位協定を結んで駐留している軍である。イラクの首相は、今回の米のソレイマ二殺害は駐イラク米軍の任務を超えた武力行使で、イラクの主権侵害であるとしている。イラク議会は、米軍を念頭に置いて、外国軍の撤退を要求する決議を採択している。米はこの要求を拒否すると言っているが、法的にどうして駐留を継続できるのか、わからない。基地周辺警備をイラクの治安当局が行わないであろうから、いつまでとどまりうるのか、疑問である。

 第3:米の憲法上の問題がある。米憲法上、宣戦布告をする権限は議会にある。戦争権限法で大統領にその権限が委譲される場合があるが、今回のような行為をする権限は委譲されているのかという問題がある。民主党幹部はそれを疑問視し、あらたな立法で大統領の手を縛ろうとしている。

 第4:トランプ大統領は、イランが報復した場合、イランの文化財をも攻撃すると述べた。これはイランも米国も当事国である「武力紛争の際に文化財を保護する条約」に違反する意図を表明したものであり、イランは戦争犯罪の予告と非難し、ユネスコも非難している。

 政策的にも問題はいくつもある。

 第1:ソレイマニは、シリアのアサド、レバノンのヒズボラ、イエメンのホーシー派を支援するなど、代理者を駆使して地域におけるイランの影響力拡大を図ってきた人である。トランプ政権としては、ソレイマニを殺害することで、イランの影響力拡大を止める意図があったと思われるが、そうはならないだろう。イランの影響力拡大を止められると判断する根拠は皆無である。

 ソレイマニ殺害により米国はイラクとの関係を犠牲にする危険に当面している。イラクで改革を求め続いてきた抗議デモが、米国とイランとの緊張に飲み込まれる恐れがある。イラクにおけるイランの影響力が高まり、ひいては、イラクを拠点として、イランの中東全体への影響力が拡大し得る。イラクでは反イラン・ナショナリズムが芽生えてきているように見えたが、ソレイマニ殺害を機に吹き飛ばされてしまった。トランプは中東におけるイランの影響力を封じ込めるようなことを言うが、正反対の結果を招いている。

 イラクでは、米軍撤退要求が出ており、まったくの逆効果になっている。

 第2:米国とイランとの関係は、当然緊張する。ソレイマニは、国内では大変尊敬されている軍人であり、国民の反米意識、報復を叫ぶ声が高まっている。イラン指導部も戦争は望んでいないが、何もしないわけにはいかない。したがって、事態がエスカレートする恐れは排除できないといえる。全面戦争は双方とも望まないであろうが、エスカレーションを止めることもなかなかむつかしい。

 第3:イランは核合意が実施されていないとして、ソレイマニ殺害後、核合意で決められた濃縮活動に対する制限を「第5段階」の措置として撤廃するとしている。そうなると、イランの核開発は核合意以前の状態に逆戻りし、イランの核武装問題が再び国際的な懸念材料となる可能性が濃厚である。

 現状に対する対策のキーワードはディエスカレーションである。そのための外交努力をするしかない。

 イラン側の報復がどういうものになるかわからないが、大したものでなければ、米がそれを甘受することが大きな戦争になることを避けることにつながるだろう。トランプも中東で大戦争をはじめて再選されることはないと知っていると思われる。

 イラン側にはカーター再選を大使館人質事件で阻止したとの過去の記憶がある。報復がどうなるかわからないが、地域にいる外交官や軍人の人質作戦がイラン側の脳裏にないとは言えないように思われる。

  
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。

編集部おすすめの関連記事

関連記事

新着記事

»もっと見る