味の素で専務取締役を務め、現在は企業情報化協会の特別顧問などに就き、様々な企業のアドバイザー、メンターとして、経営やデジタルトランスフォーメーション(以下DXと略記)などについてアドバイスを行っている五十嵐弘司さん。〝経営の目利き〟である五十嵐さんがDXの観点で注目する企業・経営者を紹介する企画の第2回目に選んだのは、京都府宇治市に本社を置くHILLTOP株式会社(以下「HILLTOP」)だ。
とかく日本企業、特に製造業ともなれば、徒弟制度とまでは言わないまでも、「石の上にも三年」、「四の五の言わずに黙って仕事をしろ」という風潮が残っている。そんな中で「そもそも工場が嫌い」と公言して憚らない経営者が率いる異色のモノづくり企業がHILLTOPだ。同社を創業した祖父から数えて3代目となる常務取締役の山本勇輝さんに話を聞いた。
HILLTOPは、山本氏の祖父が1980年代に立ち上げ、自動車業界向けの部品を中心にアルミやプラスチックの成型、加工を行ってきた。そんな会社が、今や下請けから脱して、世界的なテーマパーク、著名なベンチャー企業をはじめとして世界中に顧客を持ち、80%の製品が多品種少量の受注生産となっている。下請け企業からの脱却には何があったのか?
大事なのはスピード、職人技を見える化
「弊社は、一般的なモノづくり企業の概念からすると180度違うと思います。と言いますのも、全ての生産をコンピュータで完全に行うことを目指しています。
普通なら特注品で1、2カ月かかるという製品でも、弊社は最短で新規の依頼であれば5日、リピート注文であれば3日で仕上げることができます。弊社の強みはこのスピードで、他社に比べて大きなアドバンテージを持っています」
なぜ、コンピュータを使って、高度な部品を短期間で仕上げることができるのか? 背後にあるのは、モノづくりのDXだ。
「長年蓄積してきた、職人の切削加工技術、手の感覚、コツ、さらには材料や使った道具の種類などのノウハウを全てデジタル化しました。これを『HILLTOP System』と名付けています。そして、11万件にもおよぶノウハウを社内で共有することができます。このシステムの活用により、「どの部位に、どの刃物を使うか」を図面上でクリックするだけで最適に加工され、ファーストロットでも無人でつくることができます。
こうして2013年から北米に進出して、アーバイン、シリコンバレーにも拠点を置きました。今では、日米合わせて月に約4000品種の試作品を製造しています」
「モノづくりの世界では、『汗まみれになって努力する』ということが尊ばれる価値観があります。また『後ろ姿から技術を盗め』と言われることも少なくありませんが、私も父(HILLTOP代表取締役副社長)も、そもそも油臭い工場が好きではありません。
以前は、残業を増やして利益も増やすという発想でした。しかし、それでは仕事に価値がありません。そこで、思いきって売り上げの8割を占める自動車部品の仕事を捨てて、量産から知的作業の多品種単品もの主体に切り替えることにしたのです。
そして人がやるべき仕事と、ルーティンワークを分けました。一度やり終えた仕事をいつも定量化し、それを記録に残していけば、その都度記憶をたどってやり方を確認する必要がありません。さらに誰でもできるようになり、やがて人に頼らなくても機械に置き換えて、自動化しようという発想です。売上をアップするためには24時間自動で機械を動かせばいいわけで、人は、夜は家に帰って家族と食事する。そのほうが絶対幸せです。
仕事というのは、一度最適化されると、学びや、楽しみがなくなると思います。要するに、考える要素が少なくなると、学ばなくなるのです。でも、本当は、人は次に何をするか考え続けなければなりません」
しかし、技術(ノウハウ)をデジタル化(見える化)するときに、職人から反対する声などはあがらなかったのだろうか? いわば、機械が自動的につくってしまえば、人(職人)は不要となってしまう。
「判断基準としていたのは、人間が行う仕事を全て自動化することではありません。その仕事が『儲かりそう』ではなく『楽しそう』と思えるかどうかです。今の時代、右も左もイノベーションと言われていますが、そもそもイノベーションって何なのでしょうか? 私は、問題解決の手法の一つだと考えています。例えば『AIを使って何をするか?』というのは、本末転倒だと思います。まずは『課題』があって、その解決手法としてAIを持ち出すというのが本当だと思います」