2024年12月22日(日)

DXの正体

2020年8月17日

 味の素で専務取締役を務め、現在は企業情報化協会の特別顧問などに就き、様々な企業のアドバイザー、メンターとしても活動する五十嵐弘司さん。生粋のエンジニアだ。地球を70周する距離を飛び回り、国内外で様々なビジネスの現場に携わってきた経験を活かして、大企業やスタートアップ、各地の自治体や学校などで、経営やデジタルトランスフォーメーション(DX)などについてアドバイスを行っている。本企画では、〝経営の目利き〟である五十嵐さんがこれまで出会った中から、特にDXの観点で注目する企業・経営者を紹介していく。第1回は、TRECON(大阪市)だ。

(Melpomenem/gettyimages)

情報の見える化で、建設業界に携わる全事業者が儲かる! 

 「日本の建設業界の中でも、大型施設現場における工事品質の格差は危機的な状況にある」

 と、将来を憂うのが京都市で建設会社ホーセックを営む毛利正幸さん。父親が創業した会社が危機的な状況にあることを偶然知り、実家に戻ることを決断した。父親からは「働くとこないんか? 中卒の給料でよかったら雇ってやるわ!」という皮肉を言われての入社だったという。

 会社に入ってみると、社内の状況は想像以上に悪かった。かつては、成長株として業界でも注目される先進的な企業だったが、管理職を中心に社内の有力人材が退社して独立し、100名ほどいた社員が30名まで減少し、仕事を受注しても回らないという状況だった。

 父親である社長は「あいつらは、俺について来れへんから辞めたんや。いくらでも仕事は回せる!」と豪語していたが、会社に残った管理職(経理の粉飾や業務上横領をしていた)の言うことを信じているだけで、実際には全く仕事は回っていなかった。

 このしわ寄せは、若手社員に行き、精神を病んでしまい、会社を無断で休む社員が多々発生していた。誰も見舞いにも確認にも行かないので毛利さんが自宅を訪問すると、「見事に全員が、ゴミ屋敷の中に倒れこんでいました」と、振り返る。

 事務職を含めた全社員が残業しており、朝まで仕事をしている人も多かった。毛利さんは、会社を知るために、一番遅くまで仕事をしている人と、付き合った。残業をしている人に関われば関わるほど、ボトルネックとなる課題を知ることができ、少しずつだがカイゼンが進んだ。そうして何より、社長が求めることに率先して取り組み、実績を上げることで父親からの信頼を勝ち取り、頑固な父親が納得して引退できるよう全ての道筋を整え、無事に事業承継を実現させた。

 業務改善の一貫として、トラブルや無駄を解消するために導入したのがITだ。

 「建設業界は、不確かな情報を時間をかけて伝言ゲームで共有するという状況にあります。そして、元請ごとにルールが違います。現場の施工要領や仕様だけでなく、安全基準など細かなところは全然違うのです。結果として、都度周知されるなどで無駄な時間が多くなり、挙句には、その情報が間違っていたことも少なくありません。建設業界全体で共通する仕様やルールなどを共有したり、あらゆる元請ルールに適応できる中小下請業者向けの基幹システムを作る必要があると考えるに至りました」

 最近まで、現場の安全ルールについては、某商社系のシステムに大手ゼネコン各社が参加したことで統一されるかに見えたが、今年の春に1社が脱退した。「一人親方」と呼ばれる建設技能者は、個人請負で仕事をすることが法律で定められているが、そのシステムへの登録手法で同一人物の「一人親方」が不法に何人も登録されていたからだ。

 実際には見せかけの自由を餌に、現場のリスクを山のように背負わされ、理不尽極まりない現場環境で、馬車馬のように働かされているのに、自分の身を守る安全システムへの登録まで、自己責任で不法に登録させられてきた現実がある。ごまかしてでも登録しないと現場へ入れてもらえず、生活ができなくなるからだ。

 どんな企業でもそうかも知れないが、情報を収集し、蓄積はするが、それを有効に活用したり、タイムリーに共有したりすることができていない。いわゆるDX(デジタルトランスフォーメーション)が実現するのは、デジタルの力により、あらゆる情報がつながり、あらゆる事象の精度が高まり、関連する全ての時間が圧倒的に短縮できることで、破壊的な付加価値生産の効率化ができる。業務効率の改善は、そのたった第一歩にすぎないが、多くの現場ではその第一歩すら進めていない実態がある。


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