2024年4月19日(金)

医療を変える「現場の力」

2012年8月6日

NPO法人病気の子ども支援ネット遊びのボランティアでは『遊びのボランティア ハンドブック』を作り、ボランティアの質の向上にも取り組む
(写真:著者撮影)

 「“何か”がないようにするためにはどうしたらいいか、いつも考え話し合って、ボランティアたちも自己研鑽すること。そしてもっとも大切なのは、まとめ役の私が現場から離れないこと。しっかり者の人がいるからその人に任せてしまうというのではなくて、毎週土曜日、よほどのことがない限り私自身がボランティアを見て、医療スタッフを見て、患者家族を見て、子どもを見ているということが絶対に必要です」

 遊びのボランティアは、21年間一度も活動を休まず、そして一度のトラブルもなく活動を続け、病院からの信頼を獲得してきた。2006年にはNPO法人にもなった。今では医師や看護師から「貴重な存在」、「かけがえのないパートナー」と言われるまでになっている。

 「うちにも来てほしい」という他病院からの声もあり、活動は今、6病院に広がっている。「来てほしい」と言われても、病院という場に入って行くのはまだまだ厚い壁がある。坂上さんと一緒に活動してきた数人の中心メンバーが要請のあった病院に移り、そこで新たなメンバーを募り活動を立ち上げるという、いわばのれん分けのようなスタイルで、一歩ずつ進めてきた結果だ。

波瀾万丈、でも希望を捨てない!

 21年間ねばりづよく、コツコツと活動を続けてきた坂上さん。笑顔でこれまでのあれこれを話すが、決して平坦な道のりではなかった。特にNPOにした後が大変だった。サービスは増やしても資金が増えるわけではない。

 「お金がみるまに底をつき、本当にすってんてんだったの。私の全財産10万円を切ってしまうってところまできた」。そんなある日、経費削減のため自分で輪転機をまわして印刷した資料を自転車で運んでいた時に、夕立に遭う。「スコールのような雨で雷も鳴って、印刷物はビニールにくるんでいて大丈夫だったんだけど全身ずぶぬれ。バスタオルで拭いていたら突然泣けてきて。なんでこんな馬鹿なことやってるんだろう、こうやって蝕まれるようにして人生終わって行くんだって。押し入れに頭を突っ込んでわんわん泣きました」

 ところが……。

 「ふと外を見たら虹が出てた。『なにこれ?』って思いましたよ。もしかしていいことあるのかなって」

 最悪と思える事態に陥っても、なぜか希望が見えるような、そんな人生だと坂上さんは笑う。

 8歳で母親を亡くし、父親は蒸発。19歳までカトリックの養護施設で育った。「施設は、私にとっては幸せな場所でした。それまでがあまりにもひどかったので。ここで私はシスターたちに生きる下地を作ってもらったのね」


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