WEDGE REPORT

2020年12月1日

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樫山幸夫 (かしやま・ゆきお)

元産經新聞論説委員長

元産經新聞論説委員長。政治部で中曽根首相番、竹下幹事長番、霞クラブ(外務省)詰め、ワシントン特派員、同支局長、外信部次長、編集局次長、正論調査室長兼論説委員、産経新聞社監査役を歴任。2度のワシントン勤務時代は、ホワイトハウス、国務省などを担当、米国の内政、外交など幅広く取材した。

(btgbtg/gettyimages)

 中国の王毅外相と茂木外相による先日の共同記者発表が波紋を呼んでいる。

 王毅氏が尖閣諸島は中国の領土であるかのような妄言を弄し、茂木外相がそれを聞き流していたからだ。一言も反論しなかった茂木外相に怒り心頭の自民党部会が、抗議の決議文を突き付ける騒ぎになっている。

 茂木氏が口をつぐんでいたことについて日本政府は、日中双方が一回ずつ発言するというルールに従ったと説明しているが、形式にこだわって実質を省みなかったといわれてもやむをえまい。国益を危うくする信じがたいミスというべきだろう。

 共同会見の席であろうと、どこであろうと、礼儀を損なうことであっても、主張すべきことを主張するのが冷徹な国際政治ではないのか。

米中首脳は、人権で激しい応酬

  今回の日中外相共同記者発表の模様をみていて、あらためて思い起こしたことがある。

 古い話で恐縮だが、話は1997年にまでさかのぼる。この年の10月29日、ところはホワイトハウスに隣接するオールド・エグゼクティブ・ビルの講堂。国賓として訪米した中国の江沢民国家主席とクリントン米大統領(いずれも当時)の共同記者会見だ。

 少し長くなるが、そのハイライトを再現してみよう。

 両首脳の冒頭発言が終わった後、1989年の天安門事件についての質問が出た。

 江沢民氏は「国家の安全を脅かし、社会の安定を損なう政治的騒乱に対して必要な措置をとった。党と政府はこの判断が正しかったと確信している」と従来の中国の主張を繰り返し、丸腰の学生ら多数を殺害した弾圧を正当化した。

 この発言を受けて、クリントン大統領は、自らに対する質問ではなかったものの、すかさずマイクに歩み寄り、「この問題で、我々の間には明らかに考え方の違いがある。この事件と、それに続く活動家への容赦のない措置で、中国は国際社会の信頼を失った」と手厳しく反論、非難した。

 主席は大統領の発言が終わるのを待ちかねたように再び口を開き、「民主主義、人権、自由は、それぞれの国家の状況に従って他国から干渉されずに検討されるべきだ。滞在中の温かい歓迎には感謝しているが、ときに〝雑音〟が聞こえてくることがある」と皮肉たっぷりに、自らの訪米にあわせて各地で開かれていた人権活動家らの中国抗議集会をあてこすった。

 これで終わりかと思ったら、大統領が再び反論。「中国はさまざまな問題で正しい決定をしているが、この問題に限ってみれば誤った結論だ。私の政策についても多くのことをいわれてきたが、それでも私は今、この場にいる」と延べ、民主国家においては政府への批判は自由であり、当局はそれを受け入れるべきだと主張した。

 激しい論争は時間にして10数分は続いたろう。双方の主張はかみ合わないまま、会見は終わった。

国益のためなら形式など無視

 当時ワシントン支局勤務だった筆者は、「首脳同士の記者会見としては異例の激しい応酬を展開した」という記事を送稿した。取材メモには「指導者の論争かくあるべし」と書かれている。あれほどまでに激しい首脳同士の議論は、それ以前も以後もみたことがない。

 米大統領が各国首脳を迎えてホワイトハウスで行う共同記者会見にもルールがある。

 両首脳の冒頭発言の後に、原則としてそれぞれの国のメディアから2問づつ質問を受ける。クリントンー江沢民共同会見もこの例外ではなかった。

 当時、米中関係は比較的良好であり、この江沢民訪米が翌年6月のクリントン訪中につなあがるとう伏線があった。双方ともよい雰囲気を損ないたくないと考えていたとみられる。 

 しかし、両首脳とも、ここで自ら言うべきことを言わなければ、相手の主張だけが伝えられ、自ら、それを黙認したと受け取られることを恐れたのだろう。

 双方の脳裏にあったのは、国益を守るという一点だけ、会見のルールや国賓への配慮などは全く 問題ではなかった。

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