WEDGE REPORT

2021年2月28日

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伊藤めぐみ (いとう・めぐみ)

中東在住ジャーナリスト

ホームページhttps://itomegumi1483.wixsite.com/website
1985年生まれ。紛争、思想、歴史をテーマに取材。2002年中米ホンジュラス共和国に1年間留学。中部大学卒業国際関係学部、東京大学総合文化研究科相関社会科学修士課程で社会思想を専攻。
2011年よりテレビ番組制作会社ホームルームに入社し、イラク戦争、ベトナム戦争、人道支援、障害者、町工場などをテーマにドキュメンタリーを制作。2018年よりフリーランス。
2013年にドキュメンタリー映画『ファルージャ イラク戦争 日本人人質事件…そして』を監督。第1回山本美香記念国際ジャーナリスト賞、第十四回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞を受賞。イランの映画祭、Cinema Vérité ; Iran International Documentary Film Festival、アメリカ・ロサンゼルスの映画祭 LA Eiga Fest でも上映。NHK BS1『命の巨大倉庫』がATP賞奨励賞を受賞。ベトナム戦争についてのルポルタージュが潮ノンフィクション賞にノミネート。
現在、イラククルド人自治区のクルディスタン・ハウレル大学修士課程に留学中。

地面にゴザを敷いただけの小屋

 「ヤッレート」

 インタビューの際、「シリアに帰ることは考えるか」と尋ねるとたいていこの返事が帰ってきた。アラビア語で、「望んでいる」あるいは、実現が難しいものに対して、「本当はそうできたらいいと願っているのに…」というやや哀愁を感じる表現である。

 レバノンのシリア難民キャンプで取材した9家族の答えは、帰還に関していずれも「ノー」だった。

 「シリアから逃げてきた自分たちにとってシリアは安全じゃない」

 「国を離れた人はテロリストだとみなされている。だから帰れない」

 日本ではシリアでの戦争はほぼ終わりつつあると思っている人もいるかもしれない。しかしそのことを彼らに伝えると強く否定する返事が返ってきた。彼らがシリアへ帰るのを拒否する理由は何なのか。その恐怖は何なのか。レバノン北部のアッカル地方を中心に取材した。

アサド政権により拷問を受けた家族や友人のこと

 難民の人たちから生活の窮状について一通り聞いたところで、シリア中西部クサイル出身のウンム・ムハンマドがこんな話を切り出した。シリアにいた時に突然、連れ去られた息子のことである。

 「私の息子はホムスの軍事学校に通っていました。でもある日、5~6人の同級生とともに勉強の最中に突然、連れていかれました。

 息子としばらく連絡が取れなくなって聞いてまわって、ようやく刑務所に連れていかれた事実を知ったんです。多くの人が見ている前だったそうです。刑務所にいれられた5年間、全く連絡がとれなかったのです。殴られたり、悪い扱いを受けてトラウマを負っています」

 ――なぜ捕まったのですか?

 「わかりません。刑務所に聞きにいったけれども回答はないです。デモにも参加していないのに」

 シリアでは現在、14万8000人の人たちが投獄あるいは「強制失踪」の状態にある。強制失踪とは、国の機関などが、逮捕、拘禁、拉致をし、かつその行為そのものを認めず、法律の保護の外に置くことをいう。

 その多く13万人(89%)がシリア政府の刑務所あるいは「収容所」に収容されているとみられる。彼、彼女らは時に形ばかりの裁判を受け、収容所で拷問を受けたり、処刑されたりしているのだ。収容所で死亡した人の数は1万4000人にのぼる。すでに解放された人たちも含めると、120万人がこれまでにシリア政府によって収容所に入れられた計算だ。

 2019年に出されたSNHR(Syrian Network for Human Rights人権のためのシリアネットワーク)の報告書によると、収容所では72の方法で身体的、精神的、性的な拷問が行われている。アサド政権の離反者でアメリカに亡命した刑務所カメラマン、「シーザー」が秘密裏に持ち出した5万枚もの収容者の検死写真によりその実態は広く知られている。

 人々が拘束される理由ははっきりしていない。ただ抗議運動に参加したから、実際には参加していないのに誰かに嘘の報告をされたから、あるいは解放のための多額の賄賂を要求するために収容されることもあるという。

 「息子は刑務所から出ることができました。今は結婚もし、小さい子どももいます。しかしいつも怖がっていてとても内向的になりました。国連の人にすべてを話しましたが何もかわりません。今、彼は視力が落ちて遠くが見えず、体の調子もとても悪いんです」

 ホムス市近郊の村出身のアブドゥルラザーの経験はこうだ。障害を持つ子ども3人を含めた6人の子どもの父親である。

 「息子が病気になり、自分と友人とで病院に向かっていました。でも検問所で止められました。自分は病気の息子を病院につれていくのだと同情してもらえるように話して、通してもらうことができました。

 しかし、一緒にいた友人は刑務所に入れられたんです。身体に危害は加えられなかったそうですが、村で何を見たかなど尋問を受けたそうです。刑務所の仲間が夜にどこかに連れていかれたり、死んだり、死体が捨てられるのも見たらしいです。みな死んでいって怖かったと。彼は全てをそこでみたんです」

 アブドゥルラザーは、友人が連れて行かれたのは、彼がスンニ派だったから、あるいは彼の名前が政府の指名手配者リストにあったからだろうと言った。しかし、実際には友人はいかなる運動にも関わっていなかったという。

 「2カ月後に友人は解放されました。しかし彼は「男」として連れて行かれ『小さな酔っ払った女の子』として戻されました。男らしさをまったく失っていたんです」

 これらの行為は国家による「組織的な」ものであったとされる。刑務所や看守レベルによる行為ではない。様々な報道や人権団体などの調査で、拘置所、刑務所を管理する情報機関とアサド大統領を代表とするダマスカスの政府機関で物事は決定、地方にまで通達されているのだ。

 日本ではシリアでの戦争については、イスラム国についての報道が多かった。また他にも様々な反体制派組織、アルカイダ系組織など複数の勢力が存在し、アブドゥルラザーの友人5人も何者かわからない勢力に誘拐されている。現在はシリア民主軍(クルド民主統一党が中心)やトルコとの問題を訴える人もいる。

 それらのことも忘れてはならないが、2011年以降の一般人の死者22万6000人のうち88%がシリア政府の攻撃が原因で死亡している。そして強制失踪と拷問による死はその原因の1つなのである。

 自分や家族友人を拷問した政権がまだいる国。そして様々な勢力が入り乱れ、何を信頼していいのかわからなくなった国。そこに帰ることは彼らにとっては選び得ない選択なのである。

援助機関の支援も十分ではないという

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