2022年8月17日(水)

WEDGE REPORT

2021年2月28日

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伊藤めぐみ (いとう・めぐみ)

中東在住ジャーナリスト

ホームページhttps://itomegumi1483.wixsite.com/website
1985年生まれ。紛争、思想、歴史をテーマに取材。2002年中米ホンジュラス共和国に1年間留学。中部大学卒業国際関係学部、東京大学総合文化研究科相関社会科学修士課程で社会思想を専攻。
2011年よりテレビ番組制作会社ホームルームに入社し、イラク戦争、ベトナム戦争、人道支援、障害者、町工場などをテーマにドキュメンタリーを制作。2018年よりフリーランス。
2013年にドキュメンタリー映画『ファルージャ イラク戦争 日本人人質事件…そして』を監督。第1回山本美香記念国際ジャーナリスト賞、第十四回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞を受賞。イランの映画祭、Cinema Vérité ; Iran International Documentary Film Festival、アメリカ・ロサンゼルスの映画祭 LA Eiga Fest でも上映。NHK BS1『命の巨大倉庫』がATP賞奨励賞を受賞。ベトナム戦争についてのルポルタージュが潮ノンフィクション賞にノミネート。
現在、イラククルド人自治区のクルディスタン・ハウレル大学修士課程に留学中。

家族や社会を崩壊させる強制失踪と拷問

 アサド政権の性質を理解するためにこの強制失踪と拷問についてもう少し調べてみた。なぜ「殺害」するのではなく、わざわざ「失踪」させ「拷問」するのか。この強制失踪と拷問は、1人の人を殺害する以上に影響を深く鋭く残すからだ。

 日本でシリアの人権問題について情報発信や支援をするNPO法人にスタンドウィズシリアジャパン(SSJ)がある。12月に開催されたオンライン・セミナーで現地スタッフ、モハンマド・スラージュ氏はこう述べた。彼はSSJで強制失踪にあった家族を持つ国内避難民のサポートを行なっている。

 「一番、苦痛を伴うのは強制失踪者が家族にいるということです。例えば家族は死んでいると分かれば諦めがつきます。しかしまだ生きているかもしれない、帰ってくるかもしれないと思ってしまうことで、逆に痛みが増します。それが罰のようになります。アサド政権は1人を拘束することで、家族全員を自分たちも拘束されたような気持ちにさせるのです」

 拷問についてはどうか。レバノンで拷問被害者の問題に取り組むCLDH(Lebanese Center for Human Rights、レバノン人権センター)。2011年のシリア戦争以降はシリア難民の相談者が増え、現在、扱っている約90人分のケースのうち80%がシリア難民、そしてさらにその80%が政府の拷問の被害者だという。プロジェクト・マネージャのジョジアンヌ・ナウンはこう説明する。

 「レバノンにいる多くの難民がシリアで拷問を受けています。しかし拷問をされたと話すことはいまだにタブーで、誰も話そうとしないから放置されているケースがたくさんあるんです」

 国連の担当者が調査をしても、政府側のスパイが情報を集めに来ているのではないかと警戒して、話そうとしないこともあるという。それほどまでに恐怖は人々の中に植え付けられている。また心理学者のステファニー・ハダッドはこう続けた。

 「家族でさえ拷問の事実を知らないこともあるので、家族もどうしたらよいのかもわからないことがあります。拷問被害者は精神的な影響を受け続け、時に家族に怒りをぶつけてしまうのです。家族は2番目の拷問被害者です」

 強制失踪や拷問、それは時に「死」よりも、深く、広く家族や社会に痛みを与え、その繋がりを崩壊させることになる。家族の所在がわからないこと、あるいは戻ってきてもかつての経験で苦しむ姿を見て、残りの家族も同じように苦しむ。痛みや恐怖のせいで抵抗することもできず、国家にただただ従う従順な国民にする。1人の身体的な死でなく、家族、社会の精神的な死も計画する。そしてまさにこれがアサド政権の狙うところなのだ。

テントの壁はシートと毛布と木

徴兵への恐怖、スンニ派であるだけでテロリスト扱い

 直接の強制失踪や拷問の経験がなくても、シリアへの帰還を恐れる人たちは多かった。クサイル出身のアブ・アリはこう答えた。

 「徴兵が怖い」

 戦争が始まって以来、兵役は2年から無期限に延長されている。一度、徴兵を逃れた彼らは敵前逃亡者として扱われ、シリアに帰っても懲役刑が課せられる。また兵役についても一体、誰を相手に、何のために戦わされるのかもわからないことに人々は恐怖を感じる。

 「国を離れた人はテロリストだとみなされている。だから帰れない」

 アサド政権は、反体制派、あるいはイスラム過激派が支配した地域に住む人たちを、スンニ派であるだけで「テロリスト」として扱うからだ。

 また攻撃は、武力で襲われることだけではない。

 ホムス出身で自動車修理の仕事をしていたアスアド・アブダッラーが、知り合いのシリア人の話をしてくれた。

 「彼らはレバノンにずっと暮らしていましたが、最近、シリアに帰りました。しかし2週間ほど前にここレバノンにまた戻って来たんです。シリアで一時期拘束されていたらしいです。2人の息子が意思に反して働かされたそうです。殴られて、給料もちゃんともらえず、奴隷のように扱われたと聞きました」

 ――誰がそのようなことを?

 「雇用主です。彼らは政府に近い立場で、逃げずにずっとその街にいた人たちです」

 最終的には、2人は逃げ出したり、お金を払ったりして雇用主の元を離れ、母親とともに再びレバノンに戻ってきた。

 現在、シリアではイドリブ、クルド地域や一部地域を除いて、多くが政府軍、または政府側の民兵が支配している。特に政府系の民兵組織は残虐だ。命の危険はもちろん、検問で賄賂を要求するのが日常だという。

 「今のシリアは、ある人が政府に認められていて、支援を受けているのであれば、その人はやりたいことが何でもでることを意味します。ルールを作ることも、違法なことをすることも。そのことが怖いのです」

 ホムス出身のモハンマドはそう説明する。ほぼアサド政権側の天下となった今、新たな恐怖政治の仕組みが、彼らを利する仕組みが作られているのである。

 しかも10年に及ぶ戦争の結果でシリア経済はレバノン以上に疲弊している。

 「今、帰る人たちはレバノンでは家賃がどうしても払えずに、シリアの焼けた家をシートで覆って暮らすしかできない人たちです。帰りたくて帰る人はいません」

多くの人が病気の家族を持ち借金を抱えている

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