WEDGE REPORT

2020年5月15日

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伊藤めぐみ (いとう・めぐみ)

中東在住ジャーナリスト

ホームページhttps://itomegumi1483.wixsite.com/website
1985年生まれ。紛争、思想、歴史をテーマに取材。2002年中米ホンジュラス共和国に1年間留学。中部大学卒業国際関係学部、東京大学総合文化研究科相関社会科学修士課程で社会思想を専攻。
2011年よりテレビ番組制作会社ホームルームに入社し、イラク戦争、ベトナム戦争、人道支援、障害者、町工場などをテーマにドキュメンタリーを制作。2018年よりフリーランス。
2013年にドキュメンタリー映画『ファルージャ イラク戦争 日本人人質事件…そして』を監督。第1回山本美香記念国際ジャーナリスト賞、第十四回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞を受賞。イランの映画祭、Cinema Vérité ; Iran International Documentary Film Festival、アメリカ・ロサンゼルスの映画祭 LA Eiga Fest でも上映。NHK BS1『命の巨大倉庫』がATP賞奨励賞を受賞。ベトナム戦争についてのルポルタージュが潮ノンフィクション賞にノミネート。
現在、イラククルド人自治区のクルディスタン・ハウレル大学修士課程に留学中。

デモ参加者に破壊されたATM

レバノン人はカルロス・ゴーンにかまっている暇はない

 「レバノンといえばカルロス・ゴーンですよね!」

 2019年12月に日産の元会長カルロス・ゴーンが日本からレバノンに逃避行した。私はその頃、レバノンにたまたま滞在していて、日本に住む知人たちから上記の言葉を言われることが多かった。しかしいまいち、ピンとこない感じが続いていた。

 というのも、当時のレバノンはゴーンどころではなかったからだ。2019年10月から続いていた反政府抗議デモと、それに伴う経済の悪化で人々はかかりきりだった。むしろ日本人向けに「ゴーンの家の前には日本の報道陣が大勢いて、車が通れないから困っちゃうのよね!」と笑い話として話す程度で、そんな会話の後、今日のデモで何が起きているのかをレバノン人同士、熱心に話していた。一大金持ちの脱出劇よりも、自分たちの国がどうなるのかという重要な局面だったのだ。

宗教・宗派がついてまわるレバノン

 だからといってゴーン氏の事件がレバノンにとって特殊なことだったというわけではなく、レバノンらしさを象徴した出来事でもあった。人々の関心の中心だった反政府抗議デモの目的と通じるものもある。

 ゴーン氏の日本脱出に手を貸した人物の1人はゴーン氏の宗派、キリスト教マロン派の人物であったとすでにいくつかのメディアで報じられている。またゴーン氏はレバノン到着後、すぐにキリスト教マロン派である大統領とも面会している。別にこれはマロン派が特殊な結社を持っているわけではなく、レバノンでは一事が万事、宗教宗派的なつながりを基本に物事が進むことが多いからだ。信仰心が強いという意味ではなく、利害集団として、日常的なパートナーとして宗派が機能してしまっているのである。

 レバノンでは公式に18の宗教宗派が認められており、しかも政治家の議席数や、公的な仕事に関してはおおまかな宗派でその数があらかじめ決められている。宗派に分類できない政党も、どこかの政党と協力関係を結んで出馬する。レバノンでは現在100 以上の政党が存在している。

 なぜこのような仕組みになっているのかといえば、宗派も深く関係したレバノン内戦(1975年−1990年)を終わらせるためだった。宗派間の権力拡大争いにならないようにと決められたのだ。しかしそのことがレバノン政治の腐敗をもたらし、人々の不満と怒りを生み、今回のデモへとつながったのである。

発電機の電気と引き換えの忠誠心

シーア派地区の電線網。公共電力、無断で繋いだ公共電力、発電機の電力と電力事情は複雑だ

 腐敗はたとえばインフラの未整備として表れている。

 首都ベイルートはそれなりに進んだ街である。かつては中東のパリと呼ばれたほどだ。

 しかし、ベイルートでは現在、1日に最低3時間、公共電力は停止する。これはまだいい方でベイルート以外の街では6 〜17時間停電する。地区によっては水の供給も十分ではない。その分、人々は金銭的余裕があれば、近隣にある発電機の所有者から電気を、私企業から水を購入している。もちろん公共のものよりも高額だ。平均1人当たり国民総所得(GNI)が9800ドルのところ、発電機の使用に1家庭あたり1300ドルを支払っているという2016年のデータもある。

 なぜインフラは改善されないのか。

 発電機の所有者や水を売る業者、あるいは彼らに商売を許す政治家がこの状況から利益を得ているからだといわれている。

 例えば電気に関しては、法律上はレバノンの国営企業(Électricité du Liban /EDL)が提供する公共電力があるため、電気を私的に売るのは一応のところ、違法とされている。そのため、業者は自分たちの商売を続けるための「賄賂」を地域の政治家や有力者に払う必要がある。

 宗派ごとにわかれて住む傾向のあるレバノン。ベイルート市内では、各エリアに有力者や影響力を持つ政党が存在する。スンニ派が多いレバノン第二の都市トリポリでは内戦時代の民兵のリーダーだった人が選挙での協力を前提に発電機の所有を許可されたという。

 発電機の所有者は収入を得て、政治家は彼らを通して選挙での影響力を得る。キリスト教、イスラム教・スンニ派、シーア派、ドゥルーズ派、その他それぞれが電力を時に、「飴」として、時に「支配力」として自分たち宗派、あるいは政党への忠誠心をつなぎとめるために使用しているというのだ。

 もちろん、政治的な意味合いや、介入の度合いは地域によって異なる。またそもそも公共電力に関して、発電のための石油を買う財源が十分にないなどの問題もある。

 それでも、ロイター通信の2015年の取材では、世界銀行のベイルート担当者は、電力不足に関して、「技術的な問題はすでに検証済みで、必要なのは政治的な判断を下すという意志」だとまでいっている。宗派を利用した政治でインフラはいいように利用されている側面があるのだ。

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