2024年12月23日(月)

イラクで観光旅行してみたら 

2020年4月25日

 旅の醍醐味はその地で出会った人とのおしゃべり。聞きたいけれど、聞きづらいのが民族や政治の話。アラブ人はクルド人のことをどう思っているのか、ざっくばらんに話を聞いてみた。IS(いわゆるイスラム国)支配後のイラクの日常や現地の人々との交流を綴った旅行記。

バグダッドの古い街並みが残る地区

「クルド人は心を閉じていると思う!」

 イラク南部旅行滞在8日目。

 ナジャフ、カルバラの旅を終え、数日ぶりのバグダッド。外国人もいて、宗教的な街から世俗的な街に戻ってほっとする。旅のはじまりはバグダッドに行くことにビクビクしていたのに、気分の変わりように自分でも驚く。

 今回と次回はバグダッドで知り合ったあるイラク人たちの話をしたい。最初の人物は詳細は伏せるが、30代、裕福な家の出身のハイデル(仮名)としておこう。彼とタクシーでの移動中にこんな話をした。

 「キミは携帯電話はコーレックの電波を使っているんだね。どうしてアジアセルの電波にしないんだい? アジアセルのほうがバグダッドでも強いんだよ。アジアセルもクルドの会社だしね」

 イラクで強い携帯電話の会社はコーレックとアジアセルの2社だ。イラクを代表する携帯の通信会社2社が、クルド自治区の企業というだけで面白いのだが、この携帯談義から「クルド問題」へと話が移った。アラブ人とクルド人の関係はいろいろとややこしい問題を抱えている。

バグダッド・カラダ地区、結婚式に向かう人たち

 「バクダッドの人はクルドの人のように親切かい?」

 ハイデルがそう問いかけてきた。

 「それはとてもそう思う」

 ここで私は一言付け足してみた。疑似餌を投げたのだ。

 「というより、バグダッドの人のほうがクルドの人よりももっとフレンドリーかもしれない」

 ハイデルは助手席から嬉しそうな顔を向け即座にこう返してきた。

 「そうでしょ、クルド人はクローズド・マインド、気持ちを閉じているんだ」

 ほら、来た。アラブ人はクルド人に、クルド人はアラブ人を好まず、いろいろと思うところがあるのだ。

第1ラウンド・どっちの政府の汚職が酷いのか?

 ここでハイデルがいう「クローズド・マインド」にはシャイだとか遠慮がちとかいう以上の意味がある。

 「イラクとして1つの同じ国でやって行こうと言っているのに、クルド人はいつも『独立』だと言っている。バグダッド政府は汚職ばかりでいやだというけれど、自分たちクルドだって汚職ばかりじゃないか。今のクルディスタン民主党だって実質、バルザニ一家の一族支配だしね」

 民族の気質を指す以上に、政治的な事柄についても話しているのだ。

 このクルドも汚職など問題があるという指摘は、まあ最もなのだ。イラク戦争でサダム・フセイン政権が倒れて以降、クルド人地域は自治区としての地位を手に入れた。自分たちの政府も治安部隊も持つ。しかしクルドとして一致団結しているというよりは、クルド自治区は大きくわけて2つの政治勢力で争ってきた。今のクルド自治区の大統領を務めるバルザニ一族の政党、「クルディスタン民主党」と、かつては独立のために共に戦い、今は袂をわかったタラバニ一族の政党、「クルディスタン愛国同盟」だ。

 いろんな行政上のことも、どっちの党の側の人間かで協力したり、邪魔をしたり、いろいろと非効率的なことがたくさん起きている。(バグダッドの政府よりは汚職はマシだという気もするが…)

 「クルド独立だっていうけど、その後、どうやってクルドは国としてやっていけるつもりなのかぜんぜんわからない。イラクとして1つの国としていたほうが彼らにとっても利益がある。今でもすでに自治権を認めているし、バクダッド政府の大統領の地位も手に入れているのに!」

 クルド人の独立への思いについて、「こんなにたくさんのものを与えてあげたのに、贅沢にもまだ望むのか」とみなすアラブ人はある一程度いる。

第2ラウンド・クルドかアラブかイラクか、そして少数民族は?

バグダッド、カラダ地区の家電屋さん

 とはいうものの、クルド独立はクルド人の長年の悲願だ。2017年9月にクルド自治区で独立の賛否を問う投票が行われ、92.7%が独立に賛成を示した。

 しかし、この動きを牽制するためにイラク政府は翌月、以前からクルド政府とバグダッド政府で争っていた油田地帯にあるキルクークの街に軍を進行させた。

 イスラム国が現れた混乱でここ数年、キルクークの支配権はクルド側に自治権があった。バグダッドの政府は目を瞑ってきたのだが、この独立投票後の混乱でこれを機会にと懲罰の意味を込めてバグダッド側が武力で自分たちの方に取り戻したのだ。戦闘が起き、多くの国内避難民も出た。この出来事はクルド人に大きな衝撃を与えた。

 クルド人目線でハイデルに質問してみる。

 「でも独立が気にいらないからってキルクークに軍隊を派遣するという決断は正しかったのかな?」

 「もちろん、キルクークは譲れないからね。それにキルクークにいるのはクルド人だけじゃない」

 「アラブ人もいるよね」

 「アラブ人だけでもないさ。トルコマン人だってけっこういる」

 そう、イラクにはアラブ人でもクルド人でもない少数民族の人もいろいろいるのだ。ハイデルは自分の主張はアラブ側に所属したい他の少数派民族を守るためと言いたいのだろうか。

 「クルドで独立投票が行われた時、バグダッドはどんな様子だった?」

 「みんなユナイテッド(団結)していたさ。僕がクルドもイラクとして一緒になるべきだと考えるのは、僕がアラブ人だからじゃない。イラク人だからだ」

 ハイデルがクルド独立に反対するのは、自分がアラブ人だからではなくて、イラク人としてイラク全体のことを考えていると言いたいのだ。しかし、それはやっぱり力を持つアラブ側の論理である。独立投票時、バグダッドは「ユナイテッド」していたと言うのも、そこに独立したクルド人の意思を押さえつけるために結束していたということだ。彼らクルド人の心(mind)は、閉じている(closed)」という表現は、どこかか「一緒にやろうって言ってるのにノリわるいじゃん!」というやや軽い批判にも聞こえる。

 「クルドの利益としてイラク内に収まったほうがいいという言い方もしていたけれど、それはバグダッドにとっても利益になっているよね?石油とかトルコやイランへのアクセスも得られるし」

 「利益を考えるのはもちろんそうさ!それが政治のゲームさ。僕は政治学を勉強してたんだ」


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