2024年5月8日(水)

イラクで観光旅行してみたら 

2020年4月25日

第3ラウンド・過去と未来のバランス

 もちろんクルド人には言い分がある。クルド人にはアラブに虐げられて来たという歴史があるのだ。サダム・フセイン時代にはハラブジャの毒ガス攻撃で5000人が亡くなった。つい最近2019年7月でもバース党時代に殺されたクルド人の集団墓地が発見され、80人のクルド人と見られる女性、子どもの遺体が見つかった。アンファール作戦では20万人近いクルド人が殺されたと言われる。クルドに住んでいる身としてわかる限りのことは言いたい。

観光名所の1つ、ムスタン・シリア・スクール
同じくムスタン・シリア・スクール

 「私もね、クルド人にとってクルド独立が本当に彼らの将来にとっていいかどうかは正直よくわからない。でもクルド人の感情としてはアラブへの反発も、独立したいという気持ちもすごく強いのはわかる。アラブ人の友人で「ハラブジャの毒ガス攻撃はサダムはやっていない、全部イランの仕業だ」という言い方をする人もいる。アラブ人が今も『自分たちは悪くない』と思うなら、クルド人がバグダッド側を嫌う気持ちもわかる気がする」

 「ぼくはサダムはハラブジャをやったと思うけどね。彼は酷いことをいっぱいしたから」

 ハイデルがスンニ派かシーア派かは聞いたことはないが、サダムに苦しめられたアラブ人も、特にシーア派には多い。それを一緒くたにサダム=アラブ人と持ち出されても困るだろう。「サダムのしたことは悪いが一人の男のためにずっと恨むのはおかしい」というアラブ人もいる。(サダムだけが理由ではないのだけれど)

 しかし、クルド側の恐怖、怒りは深い。

 日頃のクルド人への感謝の意味も込めて、ハイデルにクルドの言い分をぶつけてみる。

 「あなたはクルドが「クローズド・マインド」だっていうけど、イスラム国で大変な時に、アラブ地域からの国内避難民を受け入れたりしてくれたじゃない?」

 「それは国際的な援助が入るからだよ。利益のためにやっているのさ」

 淡々としたハイデルの反応に私はショックを受けた。少なくとも個人レベルではクルド人が近所にやってきたアラブの避難民に食料や衣服を分けたり、クルド系とアラブ系の病院同士や自治体が薬を融通しあったり、人道という点での協力はあったのだ。こうもアラブ人に言われるとクルドを知る身としては悔しくなる。

 それでもハイデルは続ける。

 「今のクルドの若者たちはアラビア語も話せなくなってしまったしね。クルド人はアラビア語を勉強したほうがいいと思うね」

 かつてサダムの時代はクルド人はアラビア語を話すことを強制されていたけれど、今は学校で数時間学ぶだけだから若者たちはアラビア語があまり話せない。正直、話せた方が便利だとは思うけれど、でもそれをアラブ人が「勉強しろよ!」と言ってしまうのはちょっと危うい感じもする。

 このクルド・バグダッド問題は本当にどちらと話してもわからなくなる。ハイデルの言い分も理解できる。クルドが独立したらすべての問題が解決するとは思えない。でもクルド人の反アラブ感情を、どれだけ根深いかということをアラブ人はあまり理解していない気がする。いや、理解しているが、「またその話か」と飽き飽きしているような感じがする。

 両者の溝は深いのだ。全民族が自分の国を持つのは不可能だと思うし、一方で1つのイラクの中に無理やり閉じこめるべきだとも思わない。

 部外者の外国人として偉そうに言わせてもらえば、アラブ人はもっとクルド人の歴史を知ったほうがいいし、クルド人はアラブ人ばっかり批判してないで己の自治政府の問題も改善したり、もう少し建設的になったほうがいいと思う。

 そんなこんなの、アラブ・クルド談義をタクシーの中で行なった。見ず知らずのドライバーに会話を聞かれうるタクシーの中でこんな政治的な話をするとは彼も肝が座っている。

若手起業家アリ・マフズミ

イラク国立博物館の前にて

 もう一人、印象的だった人物を紹介しよう。今回お世話になった旅行会社のトップはアリ・マフズミだ。1988年生まれの30代。彼は今はロンドンで観光と経済についての研究をしているそうでイラクとイギリスと行き来している。2018年にこの旅行会社を立ち上げた。

 いつの間にか彼にとって私は「客」というよりも、いろいろ面倒くさいけど、もう来ちゃったから世話しないといけない外国人といった感じになっていた。「イラクではすべてがお金じゃないからね」と彼が言ってくれたように、イラク人の歓待精神からもてなしてくれてもいた。

 彼の会社の目標はイラクにもっと外国人観光客を呼ぶこと。手始めに国内イラク人を対象にツアーをはじめたのだ。アリは計算高いが、大物人物とも貫禄と余裕を持って接し、一方で子どもにも、私のような頼りない旅人にも親切にできる、イラク風「できる男」の鏡だ。

 ある時、アリ・マフズミが私に尋ねた。

 「イラクに将来はあると思う?」

 私なんかよりも何千倍もイラクのことを考えているであろうアリ・マフズミがわざわざ私に聞いてくれるので急いで頭を働かせて、

 「いろいろ問題があるとは思うよ。問題を解決するのは簡単じゃないとは思う。でも、ものすごく優秀なイラク人にもたくさんあった。国の将来のことをすごく考えていて、人々を助けようとしていて、独立心も強い。こんな人たちには日本でもそんなに会わない。でもイラクではそういう人に私はたくさん会えたよ」

 イスラム国の支配からモスルの街が解放された時に、私は医者や消防士たち、またイスラム国の犠牲者である人たちが、もっと貧しい街の人たちを救おうと寄付をし、危険に身を晒しながら無償で働いていた。

 「そう、そうなんだよ!若い人たちはそうなんだ!イラクが抱える問題の根源はぼくは年をとった世代に問題があると思う。他の国に援助を求めたり、他人にすぐ頼ろうとする人たちが問題の根源なんだ」

 たしかにそういう人もいる。その一方で、アリのような他人頼りが本当に大嫌いな、背筋のピンと伸びた人もいっぱいいるのだ。私はイラクの政治の混沌ぶりと、その中でキラリと輝く独立心や献身力のギャップにいつもクラクラしてしまう。

 ハイデルにしてもアリにしても、イラクの将来について真剣に憂い悩んでいる若者たちがいる。クルド人自治区にももちろんいる。私のような外国人の発言はいつも人ごとのように聞こえてしまうが、彼らの力がうまく発揮されてほしいと切に願う。

バグダッドの古い通りにて

  
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