WEDGE REPORT

2020年5月15日

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伊藤めぐみ (いとう・めぐみ)

中東在住ジャーナリスト

ホームページhttps://itomegumi1483.wixsite.com/website
1985年生まれ。紛争、思想、歴史をテーマに取材。2002年中米ホンジュラス共和国に1年間留学。中部大学卒業国際関係学部、東京大学総合文化研究科相関社会科学修士課程で社会思想を専攻。
2011年よりテレビ番組制作会社ホームルームに入社し、イラク戦争、ベトナム戦争、人道支援、障害者、町工場などをテーマにドキュメンタリーを制作。2018年よりフリーランス。
2013年にドキュメンタリー映画『ファルージャ イラク戦争 日本人人質事件…そして』を監督。第1回山本美香記念国際ジャーナリスト賞、第十四回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞を受賞。イランの映画祭、Cinema Vérité ; Iran International Documentary Film Festival、アメリカ・ロサンゼルスの映画祭 LA Eiga Fest でも上映。NHK BS1『命の巨大倉庫』がATP賞奨励賞を受賞。ベトナム戦争についてのルポルタージュが潮ノンフィクション賞にノミネート。
現在、イラククルド人自治区のクルディスタン・ハウレル大学修士課程に留学中。

貯金が引き出せない・銀行への怒り

デモ参加者に建物を壊されないように、入り口を塞いでしまった銀行

 腐敗に対する人々の怒りは銀行にも向けられている。

 レバノン経済はやや特殊だ。現地通貨、レバノン・ポンドもあるが、基本的にドルを中心に回っている。輸入中心経済であり、かつディアスポラと呼ばれる海外移民がレバノン本国の家族などに海外から送金してくるからだ。(ちなみにブラジル生まれのカルロス・ゴーンもディアスポラの1人だ)。

 その特殊性からくる歪みがデモをきっかけに爆発したのだが、少しややこしいので説明したい。

 2019年10月に反政府デモがはじまった際、公共機関などは閉鎖され、銀行も2週間営業を停止した。再び、銀行が再開された時、多くの人々が銀行に殺到し、自分たちの預金をドルで引き出そうとした。銀行がいつまた閉鎖されるかわからず、レバノン経済の破綻ぶりを人々が今まで以上に認識したからだ。

 しかし再開と同時に政府は、銀行からの引き出しを厳しく制限した。ドルが一気に引き出されれば政府も、銀行も立ち行かなくなる。またデモ参加者へ圧力をかけるために、人々の銀行預金を「人質」にとったという見方をする人もいる。

 人々は自分のお金を失う恐怖に襲われた。預金を思うように引き出せない、週に数100ドルの上限分しか引き出せない、長蛇の列に並ばなければならない状況に陥った。手術、海外にいる子どもの学費など大きな額の引き出しが必要な人は、その証明をする必要があり、それでも拒絶されることがおきた。

 人々の怒りは膨らみ、銀行の建物やATMが破壊されるという事態になった。報道では2020年1月にはレバノン北部で銀行のマネージャーを人質にとるということも起きていた。

 筆者もデモの現場を目にすることが何度かあった。抗議が行われる場所や時間は決まっているので、巻き込まれるということはあまりない。それでも主要道路が封鎖されていて大回りしたり、いつも使っていた銀行のATMが叩き壊されていたりなど、デモは身近なものだった。知人からだけでなく、見知らぬタクシーの運転手から政治に対する不満を聞かされることもよくあった。

 重要なのは、一連の出来事がデモによる騒動なのではなく、以前からあったレバノン経済の問題がデモをきっかけに噴出したということだ。

 すでに述べたように、レバノンは輸出をほとんど行わない輸入中心国だ。普通は輸入が多いと、現地通貨の価値は下がり、ドルの価値が上がる。しかし、レバノンではそうはならなかった。1ドル1507.5レバノン・ポンドを1997年以来、維持してきた。これはすごいことなのである。ドルを安く手にいれることができ、レバノンの富裕層は海外での消費や贅沢品の購入を享受してきた。

 レートの維持が可能だったのはディアスポラの存在である。内戦などが原因でレバノンは海外移住者が多い。輸出で外貨を得ることはできないが、海外移住者が、レバノンの商業銀行が提示した高い利子に魅力を感じ、レバノンの商業銀行を通して送金してきたからである。

 レバノンの商業銀行はそのお金の多くを中央銀行に高い利子で貸した。中央銀行はそのお金を財務省に渡し、財政や国債の支払いに充てた。

 この関係は、レバノンが経済成長し、政府がより多くの税収を得て、その利子や国債を払えているのならば問題はない。しかしながら、レバノン自体が何かを生産しているわけではなく、ここ数年は2011年からのシリア内戦の影響で経済も悪化していた。2018年のGDP成長率は0.2%と低いので、国債を返すことはもとより、利子を払うことも本来は困難なはずであった。

 国債はどんどんと膨れ上がっていった。現在の国債の総額は900億ドル。国内総生産(GDP)の約170%で世界でも最悪のレベルだ。

 一方で権力者は利益を得てきた。銀行は多くの場合は政治にも深く関わる一族が経営を握っている。たとえば、大手銀行の1つBankmedは前首相のハリリ一族が所有し、経営を司る。

 国が銀行にお金を返せないとなれば、銀行は預金者にお金を返せない。銀行にとっても大変な事態かと思えば、銀行を握る各一族は、経営を行いながらも株式所有の比率は低い。また一族は自らの資金を国外にも分散させており、受けるダメージは少ないと思われる。この歪みがデモをきっかけに銀行への怒りとなって表れたのだ。

 デモの以前は1ドルが1507.5レバノン・ポンドだったのが、今では(新型コロナウイルスの影響も加わって)、市場/闇価格では3200-4000レバノン・ポンドになっている。ドルで指定されたものは、レバノン通貨で払おうとすればこれまでの倍以上の額を支払わなければならないことを意味する。食料品・日用品などの物価もドルの価値が上がるにつれて、1.5倍から2倍にまで上昇している。

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