2024年12月23日(月)

WEDGE REPORT

2020年8月10日

爆発のあったベイルート港と倉庫群(筆者撮影)

 8月4日に起きたベイルートでの爆発事故。翌日、現場付近へ向かった。被害の大きかったジュマイゼ地区はまるで大地震や、巨大台風が過ぎ去った後、あるいは戦場の光景を思い起こさせた。人々の生活の匂いが一気にぶち壊された状態なのだ。ベイルートのベテランジャーナリストが「いろんな戦場を見てきたが、こんなにひどい光景はみたことがない」というのも聞いた。

 レバノンの爆発事故に関する報道はすでに多く出ているので、ここでは爆発事故前のレバノンはどういう状況だったかについて説明したい。誰もがいうのが、レバノンは昨年末からの経済危機にコロナ禍でもうすでにどん底の状態だったのが、爆発事故でトドメを刺されてしまったということだ。経済活動の多くを担う港を失い、繁華街を失った。この中東の小国に十分すぎるほどの厄災が降りかかっている。

レバノンとはどんな国?

 レバノンの人口は680万人、面積は岐阜県くらいの中東の小国だ。

 レバノンは治安もよく、観光もしやすい国だった。1975年から1990年まで内戦状態にあり、また2006年にもイスラエルと戦争をしているが、ここ数年は治安もかなりよくなっていた。比較的人も穏やかで、軽犯罪も少なく、英語も比較的通じ、海も山も遺跡もあり、料理も美味しくて観光資源も多い。欧米、湾岸諸国からも人気の観光地だった。

爆発事故前のレバノンの状況は?―経済危機

 しかし、それが昨年の秋から政府抗議デモが始まって様々な経済活動がストップし、状況は急激に悪化していた。主要産業の1つである「観光」は大打撃を受けた。

 デモのきっかけとなったのはワッツアップ(日本でいうLINEのようなアプリ)でのメッセージごとに税金をかけようとしたことだ。

 財政が厳しいとはいえ、政治家たちが汚職しているのをそのままに、このような課税をしようとしたことで人々の怒りが一気に爆発した。

レバノンの経済問題の詳細は複雑なのでここでは省くが(詳細はこちらhttps://wedge.ismedia.jp/articles/-/19611?page=2)、GDPの成長がほぼないにも関わらず、海外移民のドル送金に頼って自転車操業でお金の貸し借りをして、銀行だけが儲かる仕組みとなっていた。そして銀行の経営は政治家一族ともかなり重なっていると言われる。

 経済の失策のつけを払わされるのは一般の人々。デモが始まって以降、預金者は自由に自分のお金を引き出すことができない状態となった。

 今年の3月にレバノン政府は債務不履行を宣言している。IMF国際通貨基金に支援を依頼しているが、経済再建はどうなるかわからない状態だったのである。

爆発事故前のレバノンの状況は?―隣国シリアの戦争

 また2011年以降、隣国シリアの戦争で多くの難民が押し寄せたこともレバノン経済を圧迫していた。人口680万人の国に、150万人のシリア難民がやってきた。

 最近、NHKで放送された「レバノンからのSOS~コロナ禍追いつめられるシリア難民~」という番組が衝撃的だった。貧困が原因で自分の臓器、腎臓や角膜を売ってお金をえて生きながらえている人たちがいるのだ。経済危機は精神的なダメージも大きい。4月には貧困を苦に焼身自殺を図ったシリア難民がいる。

 また2020年6月にアメリカで発動されたシーザー法の影響がレバノンでも出ている。シーザー法とは2013年、シリアの刑務所で働いていた政府の軍事警察の写真担当者(仮名、シーザー)がアサド政権による拷問の証拠写真を極秘に持ち出して、政府の行為を明らかにするためアメリカで公開したことから作られた法律だ。シーザー法で、アメリカ政府はシリア政府に制裁を加えるため、アサド政権の関係者や政権を利する取引を禁止した。

 最近のレバノンでの電力不足の原因の1つも、シーザー法によってシリアから電気が買えないことが理由だ。病院の電力まで停止する事態になっていた。以前は、ベイルート市内では公共電力を使用しながら、1日3時間の停電。発電機の電力を変える家庭はそれで賄うという状況だった。ここ最近はそれが逆転しており、1日30分から2時間ほどしか公共電力が来ない状態だった。

 レバノンはシリアとの経済的な結びつきが強い。レバノンにとってシリアは重要な輸入相手でもあり、戦争中のシリアにとってはレバノンは表立ってできないことをやれる隠れ蓑だった。

 アサド政権には何らかの形で制裁は行うべきだと考えるが、実際には影響を受けているのは、シリアやレバノンの貧困層や人道支援物資でもあるのだ。


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