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Washington Files

2021年3月22日

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斎藤 彰 (さいとう・あきら)

ジャーナリスト、元読売新聞アメリカ総局長

1966年早稲田大学卒業。68年米カリフォルニア州立大学バークレー校大学院修士課程修了、70年読売新聞入社。ワシントン常駐特派員を2度務めた後、アメリカ総局長、東京本社取締役調査研究本部長などを歴任。著書に『中国VSアメリカ』『アメリカはカムバックする!』(いずれもウェッジ)がある。

失敗に終わった賭け

 ロシア側は昨年の大統領選について当初、①民主党は予備選段階で各候補乱立状態となり、その中でもバイデン氏はきわめて不利な傾勢にあった②それに比べ、トランプ大統領は対立候補もおらず、2016年選挙以上に現職の強みがいかんなく発揮できる③トランプ氏に対してはすでに2016年選挙で(当選させ)多くの〝貸し〟を作った結果、再選を果たせばロシアにとって一段と有利な外交・安全保障政策を米政権から引き出せる④バイデン候補が当選した場合、確実により厳しい対ロ政策が打ち出されることになる―などの観点から総合的に判断し、「対トランプ・テコ入れ」を決断したとみられる。

 ところが、トランプ氏が有利だったはずの選挙戦に予想外の要因が加わった。それが、コロナ危機だった。しかも、トランプ大統領は、コロナ感染がアメリカで始まった昨年前半から初期対応を誤り、危機が深刻化するにつれてずるずると支持率低下を招いた結果、途中から極めて厳しい選挙戦に直面することになった。

 このほかトランプ氏は、所得税の脱税・不正申告疑惑、自らのツイッターを通じた数限りない虚言癖、セックス・スキャンダルの再燃、選挙戦後半での選対委員長の交代人事など、大統領にとってきわめて不利なメディア報道が間断なく続いたことで自ら“墓穴を掘る”事態を引き起こした。

 米情報当局の報告によると、選挙介入に乗り出したロシア情報機関は当初、トランプ氏にとって不利になりつつある状況を覆すため、各州選挙区投票所の投票マシンを管理するコンピューター・ソフトへの侵入、ハッキングなども検討したものの、米側選管当局は2016年の経験を教訓として徹底した監視体制を敷いた。

 このため、ロシア側は選挙戦後半から、主として、「選挙不正」説を米国内外に大々的に流布することにより、もし、バイデン勝利が確定した場合でも、結果自体を法廷闘争などを通じ覆す戦略に転換した。これは、トランプ氏自身が傾勢が不利になるにつれて、選挙戦の途中から、「民主党挙げての選挙不正工作」を繰り返し喧伝し始めたのと軌を一にしている。

 しかし、2016年米大統領選の時とは異なり今回はトランプ氏が敗北したことで、プーチン氏の〝賭け〟はもろくも失敗に終わったことになる。それのみか、米露関係の一層の悪化という大きな負債を抱え込むことになった。

 他方、バイデン政権発足直後、一時は両国間に一条の光も見え始めていた。その具体的ケースが、両国間の「核戦略削減交渉」の再スタートだ。両国政府は去る2月3日、米露間の唯一の核軍縮合意である「新戦略兵器削減条約」(新START)について、2026年まで5年間延長することを正式発表した。

 これとは対照的に、トランプ政権は米国と旧ソ連が冷戦時代に締結した「中距離核戦力(INF)全廃条約」からの一方的離脱を表明しただけでなく、今年2月で期限切れを迎えることになっていた新STARTについても、条約延長に消極的姿勢を見せていた。この点では、5年間の延長が担保されたことで当面、軍拡レースに一定の歯止めがかけられることになり、国際世論も好意的に受け止めてきた。

 しかし、今後はバイデン政権がさらなる対ロ制裁を打ち出す意向を表明したことを受け、ロシア側も何らかの対応措置を検討せざるを得なくなる。プーチン大統領は急遽、駐米大使を一時帰国させ、両国関係の洗い直しを迫られることになったが、いたずらに両国関係を悪化させることは決して望んでおらず、打開策模索に苦慮せざるを得なくなった。

 〝大きな賭け〟に出た結果、支払わなければならなくなった代償は決して小さくない。

  
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