Washington Files

2021年3月22日

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斎藤 彰 (さいとう・あきら)

ジャーナリスト、元読売新聞アメリカ総局長

1966年早稲田大学卒業。68年米カリフォルニア州立大学バークレー校大学院修士課程修了、70年読売新聞入社。ワシントン常駐特派員を2度務めた後、アメリカ総局長、東京本社取締役調査研究本部長などを歴任。近著に『中国VSアメリカ』『アメリカはカムバックする!』(いずれもウェッジ)がある。

 トランプ再選目的で情報機関通じ米大統領選に干渉したプーチン・ロシア大統領が、バイデン政権下で厳しい報復措置に直面、米露関係根本立て直しのため急遽、駐米大使を一時召還させるなど、苦境に立たされている。

(BeeBright/gettyimages)

 「プーチンは殺人者だ。彼は2020年米大統領選に介入した代償を支払わなければならない」―バイデン大統領は17日、米ABCテレビとのインタビューでこう語り、米政府が今後、経済制裁、外交措置などを通じ、ロシアに対しこれまでにない厳しい姿勢で臨むことを明確にした。

 バイデン大統領がプーチン大統領を「殺人者」と激しく糾弾した背景には明らかに、先の大統領選期間中にロシアが、自国の情報機関通じ、各州で「選挙不正が大々的に行われている」との根拠のない欺瞞情報を拡散させ、結果的に「選挙は略奪された」とのトランプ氏の執拗な主張を信じ込んだ暴徒による米議事堂量乱入事件で6人の犠牲者を出したことと関係したものだ。

 ロシアの選挙介入については、FBI、CIA、DIA(国防情報局)、NSA(国家安全保障局)など米国のあらゆる情報機関を統括する国家情報長官(Director of Central Intelligence)が、去る16日、最終調査報告書を公表、この中で「ロシアは2016年大統領選に続き、昨年もトランプ再選目的でさまざまな工作に乗り出し、とくに、各州の投票所における(トランプに有利な結果をもたらすための)直接介入が困難なことを知った後は、選挙そのものが(バイデン陣営の謀略で)信頼できなくなっているとので虚偽情報をSNSなどを通じ流布させた」「プーチンはこれらの作戦を承認し、トランプに肩入れすると同時にバイデン当選に汚名を着せることで米国選挙制度に対する国民の信頼を貶め、国論分断を図った」ことなどを列挙した。

 翌17日のバイデン発言は、前日のこの調査結果に依拠している。バイデン氏はさらにインタビューの中で、「ロシアの選挙介入にどう対応するのか」との質問に対し「プーチンとは(大統領就任後)電話で長時間話した。彼と私はお互いに比較的よく知っている。介入の事実が証明された以上、彼は覚悟しておいた方がいい。代償は払わなければならない。近いうちにわかるだろう」と付け加えた。

 こうしたバイデン氏の強い対ロ姿勢は、大統領在任中、目立ったプーチン批判を控えるどころか、2016年米大統領選へのロシア介入を否定し続けてきたトランプ氏とは好対照をなしている。

 ロシアとの関係ではバイデン政権は今月初め、プーチン政権によるロシアの反体制指導者アレクセイ・ナワルヌイ氏身柄拘束に抗議する形で、ロシア政府高官7人に対し、銀行取引、米国への渡航などを禁止する制裁措置を発表している。

 しかし、今回新たに、ロシアの米大統領選介入が明確になったことから、バイデン大統領は自らのメンツを保つ意味からも、さらに幅広い分野で対ロ制裁を打ち出すことになった。国務省筋によると、ブリンケン国務長官が東京、ソウルでの日韓両国外相および、アラスカでの米中外相会談を終え帰任するのを待って、早ければ今週中にもより具体的な対ロ制裁措置が打ち出されるものとみられる。

 これに慌てたのが、ロシアだ。プーチン大統領はバイデン氏による「殺人者」発言が飛び出した翌日の18日、アナトリー・アントノフ駐米ロシア大使を急遽モスクワに一時召還した。AFP通信によると、この突然の措置に関連して、ロシア大使館は「大使は、危機状態に陥った両国関係修復について緊急協議のため帰国する。米政府高官(米大統領)がある種の悪意に満ちた発言をしたことによって、すでに過度に対立状態にある両国関係を崩壊寸前にまで追い込んだ」との声明を出し、バイデン発言が直接引き金になったことを認めたかたちとなった。

 実際、米露関係は今、最悪状態になりつつある。そのきっかけを作ったのが、プーチン大統領自身にほかならない。

 プーチン氏は2016年米大統領でも、ヒラリー・クリントン民主党候補とトランプ共和党候補が大接戦の攻防を展開した際、クリントン女史がオバマ政権当時の国務長官として厳しい対ロ姿勢を貫いてきたことなどから、トランプ選出に向けた大掛かりな選挙介入を決断、実際に「連邦保安庁」(FSB)、「参謀本部情報総局」(GRU)、「対外情報庁」(SVR)などの情報機関に直接指示し、クリントン候補に不利な偽情報を拡散させたことが、米情報当局の調査で確認されている。

 そして同選挙でトランプ氏は、とくに最後まで接戦となったミシガン、ペンシルバニア、ウイスコンシンの3州についてわずか8万6000票差でクリントン候補を押さえたことから当選につながった。このため、ワシントンの政治評論家たちの間では、もし、ロシアの介入がなかったとしたら、クリントン候補が勝利していたことは確実、との見方が今もなおくすぶっている。

 就任当時から発言に極めて慎重だったことで知られるジミー・カーター元大統領がその後のインタビューであえて「トランプはillegitimate President(正当性を欠く大統領)」と断じたのは、こうした背景があったからにほかならない。カーター氏ほか歴代大統領は退任後も、要請に応じその都度、米国情報機関の最高機密に基づくブリーフィングを受けられることになっており、この異例ともいえるカーター発言は、ロシアによる米大統領選挙介入の実態に即した判断とみられる。

 しかし、プーチン氏は前回このような〝暴挙〟により米国内で猛反発を招いたにもかかわらず、昨年の大統領選においても、米情報当局が結論づけた通り、大胆にも再びトランプ援護に踏み切った。これは、プーチン氏にとって大きな賭けであったことは間違いない。

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