それ以外は、読むのはほとんどマンガばかりでした。『少年サンデー』と『少年マガジン』、それに小学生のときに『少年ジャンプ』が創刊されて、この3誌は大学生になっても毎号必ず読んでいました。それも、少しでも早く読みたいと、発売日の前夜に置いてある本屋まで買いに行っていたほどです(笑)。
――その頃までは、いわゆる本との関わりはさほど濃密ではなかった。
合原氏:ターニングポイントとなった本との出合いは、大学院生になってからだと思います。これもやはり突然ですけど、何か小説でも読んでみようかなという気になりましてね。それで大学生協の書籍部に行って、たまたま手に取ったのが、司馬遼太郎の『世に棲む日日』(文春文庫)。吉田松陰と高杉晋作を主人公とした歴史小説ですが、出だしが印象的で、「長州の人間のことを書きたいと思う」という文章から始まるんですよ。私は北九州出身で、作品の舞台となる萩は学校の遠足などで行っていたこともあってよく知っていたので、興味をそそられて読んだらすごくおもしろくて、それからはパタッとマンガを読むのをやめて熱心に読書をするようになりました。
この本は、今考えてみると、教育者として非常に参考になったと感じます。吉田松陰の松下村塾からは、綺羅星のごとく優秀な人材が輩出されているじゃないですか。地方の小さなところでも、時を得ればあれだけ人を育てられるのだから、今の自分の立場ならもっと人材を育てられるはずである(頑張らなければ)という思いは常に持っています。
――一方で“研究者”として、ターニングポイントになった本はあるでしょうか?
合原氏:これは何冊かあります。先ほどお話ししたように、大学院で生命について、具体的には循環器系の数理モデルをつくって研究を始めたのですが、そのうち特に脳を研究するようになりました。そのときに出合ったのが、私の理論の恩師である甘利俊一先生の『神経回路網の数理』(産業図書)です。脳を数学的に研究する様々な話が書いてあります。
大学院生は駆け出しの研究者でもあるので、専門書を読んだときに、わからない、ということが結構ありますよね。その場合、わからない理由にはふたつあって、ひとつは自分の能力が足りないから、もうひとつは書いてあることが間違っているからです。この本には後者の間違いがほとんどなくて本当に素晴らしい本だと思いました。
日本のこの分野は、いまだに世界でもレベルがすごく高くて、その理由の一つは、この本が英訳されておらず外国人研究者が読めないからだと、私は思っています。ちなみに、修士2年のときにこの本が出たのですが、当時、四六時中読み耽っていたため、今でも母がこの書名を覚えているほどです。