2024年11月22日(金)

研究と本とわたし

2013年1月24日

 こうして、理論の研究を進めていたわけですが、次第に実験もやってみたくなった。それで博士課程の1年のときに、私の実験の先生である松本元先生の理学部の講義を聴きに行ったのがきっかけで、共同研究を始めることになりました。松本先生は実験が専門なので、私がいろいろ理論(数理モデル)をつくり計算をする。そして、その結果が、『神経興奮の現象と実体』(丸善)という松本先生の著書に掲載されたわけですね。これは学生にとってはたいへん嬉しいことで、大いに勇気づけられました。

――大学院生の間に理論と実験の両方の先生に巡り合い、本格的に現在の研究分野に入っていかれたというわけですね。

合原氏:ええ。それ以降も、私の研究者人生と深く結びついている本が数冊あるんですよ。

 1977年に大学院に入ったのですが、その直前に“カオス”という研究分野が立ち上がっていました。カオスとは、決定論的法則が予測不能性を生み出す現象のことです。この現象がものすごく興味深かったので、その勉強をしながら神経細胞(ニューロン)についての研究をしていたら、実験的にヤリイカの神経軸索を使って周期的に電気刺激を与えると、その応答がカオス的になるということを発見したのです。かつ、その現象を数理モデルとして記述することにも成功しました。その成果の一部が掲載されたのが、『Chaos』(Manchester University Press)。十名くらいで共同執筆したカオスに関する世界初の書籍です。私は松本先生とチャプターのひとつを執筆したのですが、この本で研究者としてきちんとした評価を得られるようになったと思います。

 そこから本格的にカオスと脳の関係を研究し始めましたが、その頃に出合った本が内山興正の、『坐禅の意味と実際 生命の実物を生きる』(大法輪閣)<旧『生命の実物――坐禅の実際』(柏樹社)>です。大学時代の合気道部の同期生で、現在は曹洞宗の僧侶になっている藤田一照君から勧められて読んだものです。これに、坐禅を組むときには「思いの手放し」が重要だとあります。つまり、人間の脳は通常、思いが浮かんでくるとそれを次々と追っていくけれども、浮かんできた思いを追わずにそのまま手放すという状態を維持するのが坐禅の狙いだ、というわけです。

 しかしこれはよく考えると非常に難しい。自分で思いを手放していると自覚したら、もうそれは手放していないことになってしまいますからね。ただ、それが実はわれわれの研究の大きなヒントになったのです。

 先ほど話したように、ヤリイカで1個の神経細胞のカオスを見つけてそれを数理モデル化したわけですが、人間の脳では膨大な数の神経細胞が、ニューラル・ネットワークと呼ばれるネットワークを形成しているので、次はこれを研究していかねばなりません。そのなかで特に当時、詳しく研究されていたのが、“連想記憶”です。人間は、ある言葉があれば、そこから別の何かを連想します。そういう数理モデルはあるにはあったのですが、連想ゲームのように、答えを見つけたらそこで止まってしまうというものでした。でも、実際の人間の連想はさらにどんどん発展していきます。この本にあるように、浮かんだ思いをどんどん追っていくのですが、そうした数理モデルはなかったわけですね。そこで、自分たちで発見したカオスをベースにして、次々に連想を追っていくようなまったく新しい数理モデルを提案してつくったのです。


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