研究者――。膨大な数の論文・資料・本とともに難しい研究課題に日夜取組んでいる姿が思い浮かぶ。そうした厳しい研究活動をつづける先生方にも子ども時代があり、人生のさまざまな場面で影響を受けた本があるに違いない。
一冊の本をめぐる思い・エピソードを聞く、普段あまり知ることのない、“研究と本”の関係を伺います。
第1回目は、東京大学生産技術研究所の合原一幸先生。現在、FIRST(内閣府/日本学術振興会・最先端研究開発支援プログラム)でおよそ100名の研究者からなる「合原最先端数理モデルプロジェクト」の中心研究者として、数学を使って実社会の諸問題の解決に挑んでいます。難解に見える数式を操る合原先生、実は小さい頃は昆虫学者になりたかったという。“虫好き”に拍車をかけた本からお話を伺います。
――まず、研究者になろうと思ったきっかけを教えてください。
合原一幸氏(以下、合原氏):子どものときから昆虫が好きで、将来の夢は、昆虫学者になることだったんですよ。大学に入ってからも、あちこちに昆虫採集に行ったりしていたのですが、大学2年の頃に、原因はわからないのですが、突然虫を殺せなくなりましてね。それ以降虫を採ること自体はやめました。昆虫学者への夢は決して捨てませんでしたが。
ただ、私の実家は九州で電気設備業をしていて、私はその3代目だから、大学に入った時点では学部を卒業したら家業を継ぐつもりでいたのです。ところが当時無試験で大学院に進める推薦制度があったので、どうせ家業を継ぐのなら、その前に5年間くらいは大学院で好きな勉強をしようかな、という気持ちになった。それで、虫が好きだったので、当時「生体工学」と言う、生き物を工学的に研究する分野の研究室に入りました。そこが人生の分岐点になったわけです。
――当時は、どのような本を読んでいたのでしょう?
合原氏:昆虫採集に夢中だった頃に、一生懸命読んでいたのが、『新しい昆虫採集案内』(内田老鶴圃新社)。これは要するに昆虫採集のためのツアーガイドです。どこの駅で降りてどの道を歩いていくとどういう虫がいるか、というのが全部書いてある。実際に昆虫を採りに行く前に読んでおくと、頭の中で昆虫採集の事前のシミュレーションになるわけです。頭の中で思考するという意味で、現在の研究にもつながる作業でしたね。