2024年4月20日(土)

研究と本とわたし

2013年1月24日

 その意味で、この本の影響は大きかった。その後、こうした脳の数理モデルとその応用などに関する研究をまとめたのが私の初めての著書『ニューラルコンピュータ――脳と神経に学ぶ』(東京電機大学出版局)で、これが予想以上に売れて、この分野で認められたと実感しました。

――合原先生のお話を伺っていると、本との出合いと、研究者としての歩みが、ずっとつながってきているという印象を受けます。

合原氏:ひとつ付け加えると、最初の話に戻って、私は昆虫学者になりたかったわけです。実は50歳を過ぎてもその夢を持ち続けていたのですが、2007年7月にカナダでニューロエソロジー(神経行動学)という、神経をベースに生き物の行動を研究する学会の国際会議があって、たまたまこれに出席したことで、気持ちが変わりました。

 私が子どものときにイメージしていた昆虫学者とは、例えばアマゾンのような秘境に行き珍しい虫を採ってきて標本箱を飾るというもの。ところが、その会議に出席してわかったのは、現代の昆虫学者は、そういうことはしない。多くの昆虫学者が、ニューロエソロジーの分野にいて、昆虫の脳を研究しているのです。よく考えると、今、われわれがしている研究とほとんど同じなんですよ。つまり、私も生き物の脳を、数学を使って研究しているわけですからね。そうすると、仮に私が若いときに夢がかなって昆虫学者になれていたとしても、結局、今と同じことをしているはず。ということは、知らないうちに夢はすでにかなっていたわけなんです(笑)。だから、若い人には、「夢をあきらめずにずっと持ち続けていると、いつか予想もしない形でかなうこともある。その実例が私だ」と言い続けています。

――最後に、最近の研究テーマについて教えていただけますか。

合原氏:引き続き脳の研究もやっていますが、もう少し広く数学を社会の役に立てようと、脳の研究で成功した数理モデルを、一般社会でのさまざまな対象に応用しようという研究を進めています。FIRST(内閣府/日本学術振興会・最先端研究開発支援プログラム)の合原最先端数理モデルプロジェクトで、例えば再生可能エネルギーの問題とか、放射線の影響、あるいは、がんの治療や新しい電子回路等々、いろんな社会的に重要性や緊急性の高い問題に、われわれが脳の研究で成功した手法を応用して、数理工学で切りこもうとしているのです。

 本についての話でまとめれば、今年は、その成果を世の中の人にわかりやすく説明する内容の本を出版する計画です。“乞うご期待”というところですね。

――ありがとうございました。

合原一幸(あいはら・かずゆき)
東京大学生産技術研究所教授、東京大学最先端数理モデル連携研究センターセンター長
プロフィール:東京電機大学工学部助教授、西オーストラリア大学理学部客員教授、北海道大学電子科学研究所客員助教授、東京大学大学院新領域創成科学研究科教授などを経て現職。専門は、カオス工学、数理工学、生命情報システム論。主著に『カオス―まったく新しい創造の波』(講談社)、主編著に『複雑系がひらく世界』(別冊日経サイエンス)、『〈一分子〉生物学』(岩波書店)、『脳はここまで解明された』『社会を変える驚きの数学』(ともにウェッジ)など。

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