BBC News

2022年4月23日

»著者プロフィール

カティヤ・アドラー欧州編集長

フランス大統領選の決選投票に残った候補者のポスターで、まだ汚されていないものを見つけるのは、ほとんど宝探しのようだ。

今度の日曜日(24日)の決選投票を前に、至る所にあるマリーヌ・ル・ペン氏とエマニュエル・マクロン氏のポスターには、「ファシスト」、「汚いリベラル」、「人種差別主義者」、「エリート主義者」といった品のない中傷が書き込まれている。

どれが誰に向けられているのかは、すぐに分かる。多くの有権者が候補者のいずれか、または両方に示す激しい嫌悪感は、思わず息をのむほどだ。

ル・ペン氏はこれに慣れている。

父親は、ナチスドイツが作ったガス室やホロコーストを「第2次世界大戦の歴史の細部」だと繰り返し語った、悪名高い反移民の民族主義者の政治家ジャン=マリー・ル・ペン氏だ。その娘として彼女は長年、父親の毒気のある影から逃れようと苦労してきた。

彼女が大統領選に挑むのはこれが3度目だ。今回はこれまでで最もソフトな姿勢を外に見せている。化粧はやわらかい色合いになり、話しぶりは明らかに温かみが増した。法と秩序、移民という極右にとっての典型的な優先課題より、日々のやりくりに苦労しているフランス労働者を重視するようになった。

「マリーヌ」と呼ばれることを望むようになった彼女はいま、愛国的な中道主義者という新たなイメージを固めようと、かなり努力をしている。

ル・ペン氏に批判的な人たちは、彼女をあまりに右翼的で過激だとし、「当選の見込みはない」としている。私はそのことについて、彼女に問いかけてみた。

「申し訳ないけど、私は過激なんかではありません!」と彼女は返した。「現在の政府は、特権的少数者が特権的少数者のために動かしています。それが現実です」。

「私はそれを変えるために大統領選に出ています。人々の、人々のための政府をつくり(中略)人々に力を取り戻すのです」

公平を期すために言えば、彼女は多くの人を説得している。支持率もかつてない高さだ。ただ、フランス国民の大部分はそれを信じていない。

若いイスラム教徒の事務労働者のナゲット氏は、ル・ペン氏のことを、「外面を都合よく変える」が、根っこの部分と政策は極右のままだと評した。

そして、ル・ペン氏を落とすためにマクロン氏に投票すると話した。

私は数日前、ル・ペン氏のフランス南部での選挙運動を取材した。彼女の広報担当は、私たち記者と彼女が、調整した時間に駐車場で会う機会を設けることになった。私たちがイライラしながら待っていると突然、ル・ペン氏が間もなく現れるという、選挙関連のイベントが開かれる村の名前が発表された。

これはかなり奇妙なことだった。

しかし、理屈は成り立つ。ル・ペン氏がどこで人々と握手を交わすのかを報道陣が事前につかめなければ、怒鳴り、かけ声を唱え、時に攻撃的にもなる、彼女に批判的な人たちも、選挙イベントを現地で台無しにすることができないのだ。

「最悪の中の最善」

マクロン氏にとって初の大統領選だった2017年は、今回よりずっと楽だった。

彼は新顔で、既成の政治を破壊するずうずうしい人物だった。左派でも右派でもないと主張し、フランスのすべての男女に明るい未来を約束した。

中流層のフランス人女性が彼に夢中になった。フランスのビジネスマンは、元天才少年で経済相を務めた彼が、フランス国旗の3色の帽子からウサギを取り出すかもしれないと、大きな期待を寄せた。

しかし現在の彼は、5年にわたる政権運営で評判に傷がついている。新型コロナウイルスの世界的パンデミック、ヨーロッパの広い範囲で安定を脅かすウクライナの戦争、新型ウイルスやロシア絡みの緊張と関係のある経済不況などへの対応が、彼の評価を下げた。

評判の問題を抱えているのは、ル・ペン氏だけではないのだ。

マクロン氏は彼に批判的な人たちから、「ユピテル」(ローマ神話の神)や「金持ちの大統領」と軽蔑的に呼ばれている。彼と関わりをもちたくないと言う有権者は多い。こうしたことが、24日の決選投票の行方を一段と興味深いものにしている。

フランス人はよく、大統領選の決選投票では、鼻に洗濯ばさみをつけて票を投じると話す。

「最悪の中の最善」を選ぶのだと、人々は言う。最も鼻持ちならない候補が大統領になるのを防ぐというわけだ。

フランスの政党は、打倒すべき相手がル・ペン氏であれ、その父親であれ、いわゆる「防疫線」を張るために結束し、極右を政権から締め出す。

だが、今年はそれがかなり不明確だ。

<関連記事>

注目すべきは、マクロン氏に対して根深い嫌悪を抱く極左の有権者が、たとえル・ペン氏を裏口からエリゼ宮(大統領府)に送り込むことになっても、投票を棄権するかどうかだ。

マクロン氏にとって24日に脅威となるのは、ル・ペン氏よりも、有権者の軽蔑と無関心だと思われる。

ルペン大統領誕生の可能性について議論する時に、国際社会で見られる情熱とはかなり対照的だ。

フランスのブリュノ・ル・メール経済相は、今回の選挙に何がかかっているのか、ヨーロッパだけでなく、より広い世界が認識していると思うと、私に語った。それは、フランスの将来についての2種類の展望であり、ヨーロッパの将来についての2種類の展望だと、彼は言った。

激しい戦闘が続くロシアとウクライナの危機を踏まえれば、なおさらそうだという。

今回の投票を、欧州連合(EU)と米政府は祈る思いで、極めて注意深く見ている。ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領と、ロシアの有名な反体制指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏は、ともにマクロン氏の再選を望んでいる。

フランスはEUで唯一、強力な軍隊をもっている国だ。EUで第2位の経済大国であり、EUの大御所アンゲラ・メルケル氏が政界を去ってドイツが国際舞台でいくぶん弱体化したあと、ヨーロッパでますます支配的な役割を果たしてきた。

マクロン氏は、EU、北大西洋条約機構(NATO)、北大西洋を挟む欧米の関係を、強化したいと考えている。

これに対しル・ペン氏は、EUやアメリカに懐疑的で、ロシアと以前から密接な関係を保ち、NATOとは距離を置いている。

「ヨーロッパで戦争が起きた時、フランスや主要7カ国(G7)、フランスのすべての同盟国にとって、ヨーロッパの最も重要な政治大国の1つであるフランスが、NATO軍から撤退するのが本当にいい考えだと思いますか」と、ル・メール経済相は興奮気味に問いかけてきた。

なぜなら、ル・ペン氏がそれを提案しているからだ。

ル・メール氏はまた、ル・ペン氏の経済対策は破滅的なものだと警告した。フランスのみならず、欧州全体にとってそうであり、親密な経済パートナーであるイギリスにも損害を及ぼすと彼は話した。

ル・ペン氏は彼女の財政案を猛烈に擁護する。30代未満を対象にした所得税の廃止や、フランスの生活費上昇の危機における困窮者支援などが、その中には含まれている。

彼女はさらに、自らはEUにとって危険な存在ではないと主張する。

より主流な有権者を引き付ける戦略の一部として、フランスをユーロ圏と「EUの専制政治」から解放するという、かつてよく繰り返し口にしていた願望から後ずさりもしている。

両者とも国民の代表だと言うが

しかし、フランスのEU予算への拠出を一方的に削減し、シェンゲン協定によって労働者がパスポートなしに欧州国境を越えて自由に移動できるのを制限し、EU条約に真っ向から反してフランス法がEU法より優位にあると宣言するという、彼女が明言している考えは、EUを内部からまひさせることになりかねない。

マクロン政権の欧州問題担当相を務めたフランスの欧州議会議員ナタリー・ロワゾー氏は、極右が政権を握るのを阻止するために政治の世界に入ったと、私に語った。

そして、ル・ペン氏が大統領になる可能性を軽視すべきではないと主張した。

さらに、ドナルド・トランプ氏が米大統領選に勝って人々を驚かせたことや、ブレグジット(イギリスのEU離脱)の国民投票がどうなったかを思い出すべきだと、彼女は付け加えた。イギリス人たちは自分の国がEUに残留するだろうと思って就寝したが、目覚めたらまったく違う現実が待っていたのだった。

ただ、もし今度の日曜日に予想を覆してル・ペン氏が大統領になったとしても、EUを内部から解体することを目的とするような、似た考えを持つ国々の連合を束ねることは彼女にできないだろうと、ロワゾー氏は言う。

ル・ペン氏は、EUにおける最も親しい盟友であるハンガリーのオルバン・ヴィクトル首相について、自国が補助金を受け続けられるようにするためにEUの存在を望んでいると説明した。一方、ポーランドのEU懐疑派の連合体は、ル・ペン氏がロシアと親しい関係にあることをひどく気にしていた。

ル・ペン氏とマクロン氏の選挙スローガンはともに、自分こそすべてのフランス国民の代表だと主張している。両者の政策や評判が大きく異なることを考えれば、それはあり得ない。

フランスは分断国家なのだ。

(英語記事 A battle of bad reputations in France's election

提供元:https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-61185659

関連記事

新着記事

»もっと見る