2022年7月1日(金)

BBC News

2022年6月8日

»著者プロフィール

フランシス・マオ、BBCニュース

中国の若い世代は、中国の民主化運動が軍によって制圧され、多数の死者が出た1989年の天安門事件のことを知らずに育っている。しかし、あるインターネット上のスキャンダルによって、中国政府が長い間封じ込めようとしてきたこの事件への疑問が湧き上がっている。

李佳琦さん(30)は、アリババの動画配信サービス「タオバオライブ(淘宝直播)」で6400万人のフォロワーを持つ、中国随一のインターネットセレブの1人だ。

ライブ配信でスキンケア製品や乳児向け用品、宝飾品、化粧品などを販売してきた。ある時には1回のセッションで1万5000本の口紅を売り、「口紅一哥(口紅の王者)」というあだ名がついた。

李さんは3日にもライブ配信を行っていたが、その配信が途中で突然、終了した。

柔らかな声とアイドルのような容貌で知られる李さんはその時、菓子を販売している最中で、バニラ味のケーキを視聴者に見せているところだった。

そのケーキは戦車の形をしていた。タイヤはオレオで、大砲はウェハースでできていた。そしてこの日は、天安門事件から33年目に当たる6月4日の前日だった。

天安門事件は、1989年に北京の天安門広場で、政治的自由の拡大を求めるデモが続く中で起きた。学生を中心に数千人が数週間にわたって広場に寝泊まりしていたが、6月4日に軍戦車などが投入され、抗議者を銃撃するなどした。

前進する戦車の列の前に1人の男性が立ち、停止させた映像は世界に広まった。この男性は「タンクマン」と呼ばれ、抗議の象徴となった。男性は排除されたが、その後どうなったのか、そもそも誰なのかは、わかっていない。

中国政府は、天安門事件の死者を、民間人200人と治安維持要員数十人と発表しているが、他の推計では数百人から1万人にのぼるとされている。

6月4日には世界各地の中国系市民が、ろうそくをともして追悼集会を開く。

しかし中国では、「六四」は依然としてタブー視されている。一連の抗議活動や虐殺への言及は厳しく規制され、ソーシャルメディアへの投稿も削除されてしまう。

混乱と疑問

中国ではすでに何世代もが、天安門事件での虐殺を知らずに育ってきた。3日とその後の数日間の李さんのオーディエンスには、こうしたいわゆるミレニアル世代(1980~1995年生まれ)やZ世代(1990年代半ば~2010年代生まれ)が含まれていたようだ。

ライブ配信が打ち切られた後、李さんは配信を再開しなかった。その後、中国のソーシャルメディア「微博(ウェイボー)」のアカウントに、技術的な問題があっただけだと投稿した。

しかしそれ以降も、李さんは姿を現していない。その間、中国最大のオンラインショッピングの祭典で予定されていたライブ配信が3件中止となっており、さらなる疑問と議論を呼んでいる。

なぜ打ち切られたのかすぐに理解した人もいれば、関連が指摘されている事実に初めて触れた人もいた。

ある混乱した視聴者は、「戦車は何を意味している?」というコメントを残していた。

別のユーザーは、「お菓子を売っている時に言ってはいけない言葉ってなんだろう?」と疑問を投げかけた。

一方、こうした質問者にプライベートメッセージでやりとりするよう助言するユーザーもいた。それでもなお、李さんの失踪について暗号を使って言及する人たちがいる。

この議論は週末を通して続いたが、週明けの6日には中国の検閲当局が追いついてきた。

現在、タオバオライブ上で検索しても李さんのプロフィールは出てこない。戦車の形をしたケーキの画像も、中国のソーシャルメディア上から一掃された。

議論に乗り遅れた人たちは今、「あのケーキの形は何だったのか?」、「どなたかプライベート・メッセージしてくれませんか?」、「いろいろ検索してけれど答えは分からなかった」などと質問をしている。

これに対しあるユーザーは「あの写真をメッセージで送っただけで、こちらのアカウントが巻き込まれるのに、誰がそんなことするんだ?」と返答していた。

政治的な表明だったのか、わなだったのか

インターネット上には、李さんが政治的な表明をしようとしたのだと信じている人もいる。

こうした人たちによると、李さんはその人気度からも、政治的にセンシティブな話題の避け方を知っていたはずだという。李さんはこれまで、政治的信条を語ったことはなかった。

また、李さんが天安門事件を知らない人たちの一員だった可能性もあるという意見も出ている。

李さんの熱心なファンの間では、競合のライブ配信者が李さんを政治的に失敗させるために仕掛けたわなではないか、あのケーキも紹介する商品の中にこっそり入れられていたのではないか、といった憶測が飛び交っている。

ソーシャルメディアで拡散された、ケーキが運ばれてきた瞬間と思われる映像では、戦車型の製品の発表に驚きの表情を浮かべる李さんの姿がある。

映像では、李さんの後ろにいる男性アシスタントが「戦車型のグッズを販売しています」と発表。李さんはそれに笑いながら、「え?戦車?」と答えると、共同司会者が、「李さんと私は午後11時にまだここにいられるでしょうか」と言う。

この配信は午後9時過ぎに打ち切られた。

中国のライブストリーミング販売の世界は、何百万ドルもの利益を生む激しい業界だ。李さんのスキャンダルは、主要なライバル2人が脱税の疑いで当局に摘発されたわずか数カ月後に起きた。

あるユーザーは、「薇婭(別のライブ配信者)がいなくなり、李佳琦の独擅場(どくせんじょう)だった。だから標的にされた」とコメントした。

他にも、「彼のチームに裏切り者がいたか、他社が意図的に彼をトラブルに巻き込んだのだと思う」という意見も見られた。

李さんが自分の配信番組に戻れば、この熱狂的な論争も収まるかもしれない。しかし今のところ、疑問はそのままだ。

あるユーザーは、「李さんはなぜ、あのケーキを見せてすぐにトラブルに巻き込まれたのか? (ケーキの)形にこんなに慎重になる必要があるのか? この国はどうなってしまったのだろう?」と書いている。

しかしこのスキャンダルによって、ほとんど知らなかった暗い一面に触れた人たちもいる。

微博のあるユーザーは、「李さんのおかげて歴史を知ることができた」と語った。

(英語記事 China's Lipstick King sparks Tiananmen questions

提供元:https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-61715465

関連記事

新着記事

»もっと見る