
イギリス政府は13日、2019年に欧州連合(EU)と交わしたEU離脱後の通商協定の一部を破棄する計画を発表した。
国境を接している英・北アイルランドとEU加盟国アイルランド間の通商について定めた「北アイルランド議定書」を変更する内容。イギリス政府は、本質的な国益を守るために「ほかに道がない」としている。
イギリスは2021年1月にEUを離脱した。北アイルランドとアイルランド間の貿易に関しては、2019年にイギリスとEU間で交わされた「北アイルランド議定書」が発効した。この議定書では、北アイルランドとEU間の通商に支障が出ないよう、税関など国境管理措置を設けないと定められている。
しかしこれにより、北アイルランドと残りのイギリスとの間にEU法にのっとった税関が必要になっていた。イギリス政府はこれを不服として、議定書の改定を模索している。
これに対しEUは、協定の一方的な破棄は国際法に違反するとして、イギリスの動きに反対している。
イギリス政府は、国際法における「必要性」という言葉は、「国家が本質的な利益を守るために、他の国際的な義務を不履行にする(あるいは破る)しかない」という状況を正当化するために使われる、と主張。現状はその状況に当たるとしている。また、今回の計画は他国の利益を「深刻に損なう」ものではないとしている。
政府が提出した「北アイルランド議定書法案」の内容は今後、イギリス議会で審議・採決される。
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イギリス政府は新法案の正当性として、北アイルランド議定書の16条を挙げている。16条では、議定書の適用によって経済的・社会的・環境的に深刻な問題が生じ、その結果として貿易が制限される場合、いずれかの側が保護措置を講じることができると定めている。
政府はまた、北アイルランドの平和維持のために結ばれた「ベルファスト合意」を保護し、北アイルランドと残りのイギリスの経済的・社会的つながりを保全することが、イギリスの「本質的な利益」だと説明。
だが、議定書の問題が、先に総選挙のあった北アイルランドでの政権樹立の「障壁になっている」としている。
その上で、政府としてはEUとの合意内容を尊重したいが、議定書が北アイルランドにかけている「重荷」が、「今回の法案で国益を守る以外の選択肢がない」状態まで膨らんでしまったと述べた。
「合理的で現実的な解決策」
北アイルランドとグレートブリテン島の間では現在、議定書にのっとって検査や規制が行われており、北アイルランドへ物品を輸入している企業は、追加コストや手続きの煩雑さといった問題に直面している。特に規制の厳しい食品や園芸といった分野で苦労が多いという。
一方で北アイルランドからアイルランドへの輸出では、EU市場への摩擦のないアクセスが維持されているため、食品を含む輸出業者は恩恵を受けている。
イギリス政府は今回の法案で、物品検査に関する「不必要な」事務処理をなくし、北アイルランドの企業がイギリスの他の地域の企業と同様の税制優遇措置を受けられるようにすると約束している。
また、あらゆる貿易紛争を欧州司法裁判所(ECJ)ではなく、「独立した仲裁」によって解決することを保証するとしている。
リズ・トラス外相は、政府が法にのっとって動いているのは明確だとした上で、この法案が「北アイルランドが直面する問題に対する合理的かつ現実的な解決策」であり、イギリスは「EUが議定書自体を変更する意思がある場合のみ、交渉を通じて前進できる」と述べた。
「だが、現時点ではそうではない」
政府も、この法案が可決される必要のない、EUとの「交渉を通じた解決策」を望んでいるとしている。
イギリスは相互の信頼を損なっている
EU側の交渉官を務める欧州委員会のマロス・セフコヴィッチ副委員長は、北アイルランド議定書の再交渉は非現実的であり、英国による一方的な行動は「相互信頼を損なうもの」だと述べた。
また、この議定書はブレグジット(イギリスのEU離脱)によって生じる諸問題に対処しつつ、北アイルランドの和平プロセスを守るための「唯一無二の解決策」であると指摘した。
「イギリス政府が本日、議定書の中核的要素を破棄する法案を提出すると決定したことに、重大な懸念を抱いている。欧州委員会は今後、この法案の内容を検討する」
米ホワイトハウスの報道官は、北アイルランド議定書の施行に困難が生じていることを認識していると発表。「イギリスとEUに対し、相違を解決するために交渉するよう要請する」と述べた。
アイルランドのミホル・マーティン首相も、難局の打開に向けた交渉を行うようイギリスとEUに要請した。
BBCニュースのカティヤ・アドラー欧州編集長は、生活費上昇の問題やロシアのウクライナ侵攻が続く中、EUはイギリスとの全面的な貿易戦争は望んでいないと説明。
そのため、警告を発する目的で、検査の一部を怠るなどの議定書違反の疑いでイギリスに対する法的手続きを再開することを検討するだろうと指摘した。
また、EUとしても、議定書によって生じている現実的な問題を解決するための新たな提案を近く発表する見通しだとした。
北アイルランド政局への影響は
北アイルランドでは5月初めの議会選挙で、第1党がナショナリスト(親アイルランド派)のシン・フェイン党に変わった。ナショナリストのシン・フェイン党と社会民主労働党(SDLP)、中道の同盟党は、ブレグジットの影響を軽減するために必要だとして北アイルランド議定書を支持している。
一方、ユニオニスト(親英派)政党は議定書を支持していない。
北アイルランドでは、ユニオニスト政党とナショナリスト政党が連立で自治政府を運営する。しかし、最大のユニオニスト政党であり、総選挙で第2党となった民主統一党(DUP)は、北アイルランド議定書をめぐる合意が形成されるまでは、新政権には参加しないとしている。
シン・フェイン党のミシェル・オニール院内総務は、ボリス・ジョンソン首相が北アイルランドに不安定さと不透明さを生み出していると批判した。
「ジョンソン首相の動きは違法であり、細部はどうであろうと、明らかに国際法に違反している」
「首相自身が協定に署名したのに、その国際協定を破るような立法を行おうとしている」
これに対しDUPのサー・ジェフリー・ドナルドソン党首は「政府が提案していることが違法だとは思っていない。法案は解決策であり、それこそ我々に必要なものだ」と述べた。
その上で、「我々が圧力をかければ事態は前進するはずなので、この法案が確実に進展するよう政府と協力していく」と話した。