
イギリス陸上界のスター選手サー・モー・ファラーが、子どものころに不法にイギリスに連れてこられ、使用人として働かされていた問題で、英内務省は13日、ファラーさんの在住資格を問題視するつもりはないと表明した。これを受けてファラーさんは「安心した」とBBCに話した。
ロンドン五輪とリオ五輪で計4つの金メダルを獲得し、国民的英雄となったファラーさんは、BBCとレッドブル・スタジオが製作したドキュメンタリー番組で、自分は9歳の時にアフリカ東部ジブチからイギリスへ「空輸」されたと明らかにした。本名はフセイン・アブディ・カヒンだが、彼を運んだ人たちに、モハメド・ファラーと名付けられ、この名前で在住資格を獲得した。到着後は、別の家族の子どもたちの世話をさせられたという。
法的に言えば、国籍が詐欺によって取得された場合、政府はその国籍を剥奪(はくだつ)することができる。
しかしBBCニュースが取材した内務省関係者は、子どもは詐欺による市民権獲得に共謀していないと判断しているため、ファラーさんの国籍を取り上げるようなことはないと述べた。
「常に自分だけの話だった」
BBCラジオ4番組「トゥデイ」に出演したファラーさんは、「ここが私の国だ。もし(ファラーさんの国籍取得を手助けした体育教師の)アランや幼少期を支えてくれた人たちがいなかったら、こうして過去を話す勇気もなかったかもしれない」と述べた。
「私には人生の恩人が沢山いる。特に妻は、私のキャリアをずっと支えてくれたし、このことを話して大丈夫だと力を与えてくれた」
ファラーさんはまた、世界中の人から支援のメッセージが届いており、今回の告白に対する反応は「ものすごい」ものだと話した。
「このことは常に自分だけが知っている、自分だけの話だった。家族に話すのも気が引けたし、公の場では話せなかった。ここまで来るのに長い時間がかかったが、ドキュメンタリーを作って、幼少時の自分に本当は何が起きたのかを見せられて良かった」
未成年の人身売買被害者についてはファラーさんは、「そんな状況になりたいと思う子どもはいない。とても幼い時に、勝手に決められてしまった。イギリスで、この国を受け入れられるようにしてくれた、あらゆるチャンスに感謝しているし、(陸上選手として)自分の国をあのように代表できたのを誇りに思っている」と述べた。
「これは自分が自分でコントロールできた。しかし、もっと若い時に、自分がどこに行かされるか、自分では決められなかった。他人に勝手に決められてしまった」
ファラーさんの妻のタニアさんは、ファラーさんの本当の出自を聞いた時に「あらゆる感情」を経験したと語った。
「まず最初に、彼のために心を痛め、悲しんだ。無力で弱い9歳のモーが、すぐに思い浮かんだので。そして同じように、彼にあんなことをした人たち、彼をあんな目に遭わせた人たちに怒りを覚えた」
タニアさんは、ファラーさんが「今ようやく、傷つき苦しむという感情を感じることを自分に許している」と話した。
「このドキュメンタリーがそれを助けてくれた(中略)これは良いことだと思う。セラピーの一種だ」
ファラーさんは10代のころ、自分の正体や生い立ち、強制労働をさせられている家族について、体育教師だったアラン・ワトキンソンさんに打ち明けた。
ワトキンソンさんは、ファラーさんを使用人として働かせていた家庭ではなく、別の家庭で養育されるよう手助けをした。
またファラーさんが陸上競技の国際大会に参加できるよう、モハメド・ファラーという名前でイギリス国籍を申請するのを手伝った。
自分の過去を明かして称賛されているファラーさんは、「私が経験したことと、その経験から今の私があることを分かち合えるのはうれしい」と話した。
またドキュメンタリーの中では、人身売買や奴隷制度に対する世間の認識を覆すために、自分の物語を伝えたかったと語っている。
「私とまったく同じ経験をした人がこれほど多いとは思わなかった。自分がいかに幸運だったか。私が救われたのは走る力があったからだ」
ロンドン警視庁も情報を検討
ロンドン警視庁は、ファラーさんの経験について、専門捜査員が入手可能な情報を検討していると発表した。
また、「現時点では」具体的な報告は受けていないと述べた。
その上で、子どもを含むいわゆる「現代の奴隷制」の犠牲者は「ロンドンのすべての区にいる」と考えていると付け加えた。
BBCは、ファラーさんをロンドンに連れてきた女性にコメントを求めたが、返事は得られていない。
「トゥデイ」の中で、この女性と連絡を取ったり連絡が来ているかと質問されるとファラーさんは、「(ドキュメンタリーの)制作チームがこの女性に連絡を取ったが、何も言いたくないと言われたということしか知らない。連絡は取っていないし、取りたいとも思わない」と答えた。