2022年11月29日(火)

サイバー空間の権力論

2013年6月11日

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塚越健司 (つかごし・けんじ)

拓殖大学非常勤講師

1984年生。専攻は情報社会学、社会哲学。著書に『ハクティビズムとは何か』(ソフトバンク新書)、共編著に『「統治」を創造する』(春秋社)、など。TBSラジオ『荒川強啓デイ・キャッチ!』火曜ニュースクリップ担当としてレギュラー出演中(http://www.tbsradio.jp/dc/)。

権力は「否定すべきもの?」
アーキテクチャの可能性

 ここまで読んできた読者は、これらの権力を恐ろしいもの、あるいは否定すべきものとして捉えているかもしれない。いずれのタイプの権力も、命令に対する拒否や、対立するに至る可能性をそもそも消去し、人間の意志を挫くものとも解釈できるからだ。しかし、そもそも人の意志とは、何をもって意志があると判断できるのか。

 規律権力を提唱したフーコーは、権力とは固定的なものではないと語る。堅い椅子でなく、柔らかい椅子を設置することで人気を呼ぶこともあれば、購入履歴の分析が、今まで意識することのなかった新たな興味に人を導くこともある。権力は柔軟に出来ており、ユーザーの嗜好の変化にも逐一対応しながら設計を修正していく。それらの仕組みは潜在的な趣味や能力を引き出し、人々の自発性を促すことにもなる。そのようなアーキテクチャは、単純に人の意志を妨げる悪しきものと呼ぶことはできない。その際の問題はむしろ、どのような権力であれば我々の意志決定に資するものであるか、どのような社会的条件の下でそうした権力が活用されるべきなのかを模索することにある。

 アーキテクチャ型の権力は、情報の蓄積、ビッグデータの活用等によって、医療や教育など、その効果の及ぶ範囲を拡大させていくことになる。その際我々は、情報や環境が人を支配するというネガティブな側面だけでなく、ログや設計が人の選択肢や意志決定に有効に機能することも忘れてはならない。

 アーキテクチャ型の権力もまた、善悪では簡単に判断しかねる現象である。このような複雑な社会を、我々は生きている。

[特集] サイバー戦争


■参考文献
杉田敦『権力』岩波書店、2000年
鈴木謙介「設計される意欲」、東浩紀、北田暁大編『思想地図vol.3 特集 アーキテクチャ』NHKブックス、2009年

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