Wedge REPORT

2013年7月3日

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 比企さんの心は揺れた。シングルハンドをやめ、ダブルハンドにすれば費用は抑えられる。最悪、米国についてエオラスを売ればなんとかなるかもしれない……。

熱情

 比企さんが吉本で手がけた代表的なプロジェクトのひとつが、間寛平さんとの「アースマラソン」(08年12月~11年1月)である。陸2万キロは寛平さんのジョギングで、海1.6万キロは寛平さんと比企さんのダブルハンド(2人乗り)のヨット航海で地球を一周した。途中、寛平さんのガン発覚と治療による中断というハプニングがあったが、約2年で完遂。このとき太平洋と大西洋をわたりきったのがエオラスだ。

大阪・北港出発直前のエオラス号

 大学時代からヨットにはまりこんだ比企さんは、社会人になってもセーリングに精を出していた。1995年、貯金をはたいて、BCC(ブリストル・チャネル・カッター)というシリーズの中古ヨットを購入する。1988年製造と古いが、外洋長距離航海に向く頑丈なヨットで、いまも世界一周などを行うセーラーたちに愛されている名船だという。

 アースマラソンは寛平さんのひょんな思いつきの一言から始まった。相談を受けた比企さんは、そんなの無理と却下しなかった。自らのヨットを供出し、苦心してスポンサーを集め、自ら整備に取り組み、多くの人々の協力を得て、太平洋と大西洋の横断を成功させた。

 アースマラソンに憧れ、自らもブラインドセーリングで太平洋横断を実現させたいというヒロさんの思いに触れた比企さんは、会社を辞めて専念すればできないプロジェクトではない会社を辞め、このプロジェクトに専従しようと腹を括った。会社を辞めようという気持ちが、ヒロさんに出会うことでむしろ加速していったといえる。

 辛坊さんも大きなリスクを取った。2010年に読売テレビを辞めてフリーの立場にあった。多くのレギュラー番組を抱えていたが、太平洋横断するなどと言い出せば、当然番組を休まなければならない。「全部仕事がなくなることを想定しました。それでも、やろう、と」。

 比企さんも辛坊さんも、ちょうど人生の「リセット」を考えている時期だった。そこに、ヒロさんが現れ、諦めないヒロさんの熱情が、2人の人生を変えていく。脂の乗った50代の男たちが、一人の人間の純粋な想いに突き動かされて、いまの仕事を失うリスクを取っていく。使い古された表現かもしれないが、だから人生は面白い。有名人はほとんど登場しない小誌のようなビジネス誌で、ブラインドセーリングを記事にしたいと考えた理由はこの点に尽きる。

 今回のプロジェクトの制作委員会には、吉本興業も読売テレビも名を連ねた。辞めた人間が取り組むプロジェクトを支援した両社は懐が深いと思う。

 ヒロさんの想いに突き動かされた大人たちはほかにもいた。

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