Wedge REPORT

2013年7月3日

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 ヒロさんと長く時間を過ごすと、誰も「無理」と否定しなくなるのかもしれない――。ヒロさんはインタビューのたびに「僕がポジティブパワーを出し続ければ、周囲がポジティブになってくれるんです」と言っていた。わたしはその言葉を頭では分かっていたが、バイクのやりとりを見たときに、初めて腑に落ちた気がした。ヒロさんといると、いつの間にか「どうやったらできるか」ばかりを考える人間になっているのだ。

 ヒロさんは、「目が不自由だから……と、距離を置かれたくない。ブラインドという言葉を広めたい。ブラインドは、障害やハンディキャップというより、ひとつの個性であると受け止めてもらえたら」とよく言っていた。周囲の人々が頭で理解するのではなく、体でその域に到達していったことに、わたしは率直に感動していた。これは勝手な私見だが、障害をとかくフィーチャーする「24時間テレビ」とは異なる精神性を感じていた。

聖地

 2人が福島県いわき市の小名浜港を出発したのは6月16日だった。向かうはアメリカ・サンディエゴ。想定日数は55日間、8月上旬の到着を見込んでいた。ちなみに「24時間テレビ」の放送日は8月下旬であり、何の関係もない。日本からの太平洋横断は毎年数十のヨットが挑戦しているそうだが、多くは6月の出発を選ぶという。行程全体で見たときの低気圧遭遇確率が低いからだ。「24時間テレビに間に合わせるために無理に6月に出発した」との解説はまったくの邪推である。

 小名浜港では出発前日から生憎の雨が降り続いていた。しかし、エオラス号の出発を祝福するかのように、12時から開かれた出港式の間だけ、太陽が雲の合間から顔をのぞかせた。

小名浜港の出港式でスピーチする辛坊さん(右)とヒロさん(6月16日)

 辛坊さんは駆けつけた地元の人々にこう語りかけた。

 「なぜ小名浜か。スタートの地は、小名浜でなきゃいけないんです。小名浜は日本中のヨットマンの聖地です。日本の真ん中にあり、海に出ればすぐ黒潮に乗れて、世界中に行くことができる。そんな小名浜が震災の津波で大変な被害に遭われた。日本だけじゃなく世界中のヨットマンが小名浜にお世話になってきたんです。今日はその御恩返しの日でもあります。この出発式がニュースになって、日本中の人が、福島・いわき、そして小名浜に想いを寄せてくれたらいいなと思います」

上・小名浜港を出発するエオラス号
下・出発を祝う地元の人々(ともに6月16日)

 ヒロさんは、これまで募らせてきた想いを一気に語った。

 「十数年前に初めてヨットに乗ったときからやってみたかった太平洋横断をついにスタートする日が来ました。ヨット雑誌『KAZI』に、あのアースマラソンで太平洋と大西洋を横断したエオラス号についての記事があり、『夢を持っている人はどうぞこの船を!』と書いてあったのを見て、編集部にメールを送りました。そしたらオーナーの比企啓之さんがサンディエゴまで会いに来てくれました。誰と行くんだ?となって、『KAZI』に連載している辛坊さんにお願いすることになった。辛坊さんは、快く引き受けてくれた。それ以来、エオラス号に本当にたくさんのプロの方々、ボランティアの方々が整備をしてくださって……、いろんな方々のサポートのおかげで僕らは太平洋に行くことができます」

 ヒロさんは、熊本県天草市生まれの46歳。高校のときに視力を失い、一度は海に身を投げることも考えた。35歳のとき、ヨットを知り、自然と一体化する喜びを知り、はまり込んだ。06年には世界選手権に出場するほどの腕前になった。

 39歳のとき、渡米した。米国人女性と結婚し、娘の教育のことを考え、安定した教職の仕事を捨てた。今年3月から大阪の西九条に「単身赴任」し、大阪・北港のエオラスで実践練習を重ねた。4月中旬、わたしは北港での練習風景を見学したが、見えているとしか思えない華麗なロープ捌きに驚いた。「見えないからこそ、余計な動きがないのでしょう」とは、辛坊さんの解説である。

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