「午前5時までワッチで、8時くらいまで寝ようと思ったらゴーン、ゴーン、ゴーンと3回右舷の方で、下から突き上げるような感じだった」(船室内にいたヒロさん)。
「事故の瞬間は、寝ておりました。記憶にあるのはヒロさんの“浸水している”という叫び声。ただ、直前にレーダーで24マイル(約38キロ、1マイル=約1.61キロ)以内に船など障害物がないことを確実に確認しました」(辛坊さん)。
ヒロさんは、普段から、船室中央の床板を外し、ビルジタンクに水が溜まっていないか確認していた。船に整備不良や損傷があり、漏水が発生すればここに水が溜まるからだ。「ずっと水がなかったビルジタンクを触ったら、水が溜まっていたので、浸水だ!と」(ヒロさん)。
浸水発生後、2人はポンプによる排水を試みたが、「とても追いつかない。数分くらいの間にくるぶしまで浸水した。わずかな時間で沈没すると計算できたから、逃げるしかないと考えた」。浸水の一報からおよそ20分、救難ボートに移った午前8時ごろにはすでに「膝下まで浸水していた」(ヒロさん)というから、浸水スピードは相当に速い。船体にはかなりの穴が開いていたのだろう。
レーダーに映らず、船体にかなりの穴をあけるような障害物とは何なのか。レーダーは海中の障害物は捉えられない。海上に少し頭を出していたとしても、波に隠れるようなレベルであれば、捕捉できないことがある。考えられるのは、クジラか、コンテナなどの障害物だろうと言われてきた。
事実、事務局が24日に公表した、ヨット上方に設置されていたカメラの映像によると、衝突の約10秒前に水面に少し黒い背ビレらしきものが映る。おそらくクジラとみてほぼ間違いないだろう。
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もし、衝突時、辛坊さんが起きていて、十分なワッチをしていれば、衝突は避けられたのだろうか。まず、ワッチをするコックピットの位置はカメラよりかなり低い。海況が悪いなか、海上すれすれの背ビレが見えたかどうか。さらに、発見できたとしても、すぐ自動操舵装置を解除して、安全に転舵することができたかどうかと考えると、今回の衝突はかなり避け難いアクシデントだったと言えるだろう。
辛坊さんが寝ていたことは責められるだろうか。太平洋横断や世界一周といった長距離航海を単独で行うセーラーも多い。このような場合、睡眠を取るときは、直前にレーダーで障害物がないことを確認し、さらに、障害物を捕捉した場合に音が鳴るようにアラームを設定するなどの対処をするのが一般的だ。大荒れの天気が数日続いたあとの少し天候が落ち着いた朝に、体力回復のためにレーダーに任せて休むという判断が間違っているとは言えない。
クジラのような「巨大海中障害物」と衝突し、どんなに当たり所が悪くても浸水しないようにするには、不沈構造にするしかない。船体の外壁を二重化する、外壁と船室の間に発泡体を積み込むといった方法だ。しかし、そういった対処をすれば、その分、荷物を積み込めなくなる。エオラスには、高度な安全装置や通信装置を動かすために十分なジェルセルバッテリーや、二重系化された動力、もう1隻ヨットを造れるのではないかというほど大量の修理用機材・部品を積み込んであった。