大阪・北港に停泊していたエオラス号のもとへ行くといつも、せっせと整備に取り組むヨットマンたちの姿があった。
整備
比企さんの大学時代のヨット部仲間を中心とする通称「海宴隊」のメンバーたちだ。「比企にこきつかわれて、たまらんで~」「家族ほったらかしだから嫁さんに怒られててね・・・」。そんな言葉とは裏腹に、みな子どものような笑顔をたたえている。
メンバーは皆、平日は仕事で忙しい。週末のたびに、なんとか都合をつけて集まっていた。整備期間は昨年9月から今年5月までの9カ月間。毎日4、5人はいたから、延べ数百人という規模になるだろう。
比企さんと、彼らボランティア、そして協力したプロたちの活躍で、エオラスはボディー以外のほとんど全てが新しくなった。最新鋭の通信設備と安全設備、それらを動かすための十分な電源設備を設置するために、床板や船室の壁をほとんど引っぱがし、素人感覚では「何もそんなところまで」と思えるほど、細かな傷までひとつひとつ丁寧に修理を行っていた。
整備の済んだエオラスは、美しかった。船内には無線LANが飛び、ヒロさんの手元のiPadでは、特別に開発されたアプリが進路や風速、風向を読み上げる。船舶無線大手の古野電気が提供したV-SATとインマルサットという2重系の衛星通信が確保された。整備に終わりはないが、ブラインドセーリングに使用するヨットとしては、「考え得る最高レベルの仕上がりでは」と誰もが口を揃えていた。
整備の一日が終わると、安い居酒屋で一杯飲むことが多かった。わたしも何度か参加させてもらったが、ヒロさんの「目が見えないこと」を周囲のメンバーがごく自然に受け止めていることに心を打たれた。
過剰に遠慮したり気を遣ったりすることはしない。会話にも「ヒロは目が見えないけどこういうときどうするの?」というような質問も特に気兼ねなく出てくる。それでいて、必要なサポートは惜しまない。歩くときは近くの人間がさっと片腕を差しだし、ヒロさんのガイドとなる。食事が運ばれてくると、隣の人がヒロさんの手を皿に運び触れさせて、位置を覚えてもらう。辛坊さんをはじめ、周囲の人々が皆、あまりにも自然にヒロさんをサポートするため、うっかりするとヒロさんがブラインドであることを忘れてしまうほどだった。
ある夜のこと。「海宴隊」のメンバーがバイクレースの話で盛り上がっていた。初心者は膝を摺るのが難しい云々という内容である。それを聞いたヒロさんが「バイク、僕も乗りたい!」と言い出した。
わたしは、目が見えないのにバイクに乗りたいとはどういうことかと、頭が混乱した。「いやいや、さすがにそれは無理では」と言いそうになったところで、わたしは慌てて口をつぐんだ。「海宴隊」のメンバーが、ごくごく普通にアイデアを出し始めたからだ。
「ヒロさんが後ろに乗る2人乗りならできるかも」
「いやいやヒロは、1人で乗らんと気が済まんタイプやで」
「曲がるポイントで、ピッと自動的に音が鳴るようにしたらいいんじゃないか」
「速度と、車体を倒す角度のバランスをどうヒロさんに伝えるかやな」