2024年7月16日(火)

Wedge SPECIAL REPORT

2023年2月20日

 そのような中、「死」に関する地域課題に正面から向き合い、大きな一歩を踏み出した自治体がある。神奈川県横須賀市は15年から、一人暮らしで身寄りがなく、生活にゆとりがない高齢者を対象に「エンディングプラン・サポート事業」を始めた。

 対象者は、市の事業に協力を申し出た葬儀社と生前契約し、遺体の輸送費から葬儀・火葬・納骨までにかかる26万円の費用を予納する。その後市は月に一度契約者の安否確認を行い、数カ月に一度自宅にも訪問する。本人の死後には、市は葬儀社による一連の儀式を見届ける。葬儀の宗派や埋葬法など、費用の範囲内で生前の本人希望に寄り添う。これまでの登録件数は延べ105人に上り、そのうち亡くなった39人の市民に対してプランを実施した。

横須賀市役所内に保管された、引き取り手のない遺骨を前にする北見氏。期間内に引き取り手が見つからなければ、市の無縁納骨堂に安置される

 事業の企画から実施までを担当する横須賀市終活支援センターの北見万幸福祉専門官は「身元が判明しているにもかかわらず、引き取り手が見つからない遺骨が急増したことがきっかけだった」と話す。

「00年代に入り、単身高齢者の増加や携帯電話の普及に伴って、死後、身寄りがない、あるいは携帯にロックがかかっているため親族の連絡先が分からない、といった事象が多発した。そういったご遺体は法律に従って本人死亡地の自治体が火葬しなければならず、その費用は全て市民からの税金で賄うことになる」

 さらに、と北見氏は続ける。

「その場合、税負担の問題に加え、亡くなった本人の信仰や生前希望を知らないまま、市が一律的に火葬・納骨を進めることになる。この土地で暮らし人生の幕を閉じた住民の最期に寄り添うのが行政の役目なのに、忸怩たる思いだった」

 小誌記者の取材中、80代の男性市民が申請のために北見氏のもとを訪れた。わずかな年金を頼りに一人で生活し、「自分の身に不幸があっても飛んできてくれる親族はいない」と話す。

「死んだら自分はどこにいくのか、ずっと不安だった。毎夜、布団の中でそればかり考えてしまう。たまたまテレビでこの事業を知り、『これだ』と思った。横須賀市に任せることができれば安心。お金はこれから、コツコツ貯めていきたい」

医療と死後のケアをつなぐ 看取りの先にある可能性

「看取り」を担う医療・介護の現場でも、死者のケアに向けた新たな動きが起き始めている。

 SOERUTE(川崎市)が運営する介護福祉施設「つなぐ」では、入居者が亡くなった後も、火葬場の空き状況や遺族の希望に応じ、生前過ごした部屋に遺体を安置する。20年には、同施設で亡くなった患者遺族からの「お世話になった職員の方や、共に過ごした入居者の方と一緒にこの場所でお別れをしたい」という要望を受け、「施設葬」を実施した。施設内の大部屋を飾り付け、生前の様子をスライドショーで流し、みんなでご遺体を湯灌した。故人の棺は職員や入居者からの寄せ書きでいっぱいになったという。

 同施設で働く介護福祉士の小柳恵さんは「職員である私たち自身も、亡くなった後まで患者に寄り添いたいという思いがある。お部屋に安置したご遺体に対しても、朝が来ればカーテンを開けて日を入れ、『おはよう』と声をかける。故人にとってこの施設は生活の場所であり、終の住処。病院のように亡くなったらすぐにベッドを空け、遺体を霊柩車に預けて『さようなら』というわけにはいかない」と話す。

 kainalu(横浜市)は、医療介護事業者でありながら、訪問看護の利用者やその家族に対し、亡くなった後の初期措置、自宅での遺体安置、葬儀の相談・手配から遺品整理まで、死後のあらゆるケアをサポートする。

 同社看護師の蒲澤宏太主任は「利用者が亡くなる瞬間、その場に立ち会うのは私たち訪問看護師。死後硬直が始まるまでの顎の閉じ方、死後3時間以内の保湿の仕方などによって、その後のご遺体の状態は大きく変わる。そして、大切な人を亡くされたご遺族の心のケア。これまで培った『生かす医療』では届かなかった、その先にある可能性を探りたい」と語気を強める。

訪問看護でリハビリ支援を行う蒲澤主任
 

 地域医療福祉を専門とする法政大学現代福祉学部の宮城孝教授は「在宅医療や施設医療の先には必ず『死』のフェーズが存在する。地域包括ケアの概念に死後のケアを組み込み、行政、医療従事者、葬儀社など、生と死の境界に携わる関係者が地域内で連携する体制を整備できるかが今後の課題だ」と指摘する。

 本来、「生」と「死」は表裏一体、地続きでつながっている。自らの死、友人や家族の死、そして「多死」という社会全体の課題から目を背けず、向き合えるか。われわれは今、超高齢化社会を越えた多死社会の入り口で、大きな岐路に立たされている。

この他に、2月20日発売の本誌(『Wedge』3月号)では、多死社会に向け、墓、寺院、終末期医療、安楽死、日本人の死生観など、さまざま分野における現在地と今後の課題を探る。医療、介護の先に必ず存在する「死」にまつわる問題を、今こそみんなで考えよう。

『Wedge』2023年3月号では、「多死社会を生きる」を特集しております。全国の書店や駅売店、アマゾンでお買い求めいただけます。
「人が死ぬ話をするなんて、縁起でもない」はたして、本当にそうだろうか。死は日常だ。その時期は神仏のみぞ知るが、いつか必ず誰にでも訪れる。そして、超高齢化の先に待ち受けるのは“多死”という現実だ。日本社会の成熟とともに少子化や孤独化が広がり、葬儀・墓といった「家族」を基盤とするこれまでの葬送慣習も限界を迎えつつある。そのような時代の転換点で、“死”をタブー視せず、向き合い、共に生きる。その日常の先にこそ、新たな可能性が見えてくるはずだ。
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