2024年4月25日(木)

Wedge SPECIAL REPORT

2023年2月20日

 多死社会の到来ーー。厚生労働省の人口動態統計によれば、2000年に約96万人だった日本の死者数は21年には約144万人まで達した。わずか20年で1・5倍となり、40年頃まで増え続ける見通しだ。

 これは単なる数字上の問題ではない。それだけの死者一人ひとりに対し、家族、友人、あるいは社会全体で、弔い埋葬していく過程が存在する。地域や個人間のつながりが薄れ、孤独化が進む現代日本でそれらを受け止める土壌が作れるか。人口集積が進む東京圏を中心に、「死」の直後に必ず直面する、葬儀、火葬の現状を取材した。

「慣習やしきたりが重んじられ、選択肢を持つことが難しい。葬儀というのは、不思議な世界だと感じた」

 19年10月に夫を亡くした池田ゆうこさん(68歳。千葉県在住)は当時をこう振り返る。別れは突然だった。「前日いつも通り床に就いた夫は、翌日になっても目を覚まさなかった」と話す。

「警察の立ち会いがある中で、その日の夕方には葬儀社を決めなければいけない。長男がインターネットで見つけてくれた会社は丁寧な対応だったが、まさに運次第だと感じた」

 生前、無宗教式を望んでいた故人の言葉を思い出し、葬儀の場では読経の代わりに故人が好んだ『不思議の国のアリス』の音楽を流し、プロフィールを紹介した。限られた時間の中で故人の願いをかなえようと必死に準備をした池田さんにとっては後悔のない式だったが、後日、参列者から「お葬式らしくない」「違和感を覚えた」といった言葉を受けたという。

「同じ冠婚葬祭でも結婚式なんかと違って、お葬式は準備期間も短く、本人はすでに亡くなっているため希望を聞くことができない。つい常識や慣習に流されてしまう気持ちも分かる」

 葬儀全般が故人や遺族のニーズを反映しづらい一方、社会の移り変わりやコロナ禍の影響もある近年、ある需要の変化が起こっているという。

「参列者を呼ばず、近親者だけで葬儀を済ます『家族葬』が増えている。平均寿命が延び、定年引退から年月が経っている方や、施設で長く過ごされた方など、亡くなった時点で家族以外との関係を持たない故人が増えたことが背景にある」と語るのは、創業90年の歴史をもつ葬儀社、愛典福島屋(東京都杉並区)の佐藤法彦取締役だ。

愛典福島屋の自社家屋内にある遺体安置ルーム「やすらぎ」。生前の映像投影や僧侶による読経など、この部屋での葬儀対応も可能だ

 愛典福島屋は7年前、自社家屋を改築して遺体安置専用の部屋を設け、「安置ルーム『やすらぎ』」という事業を開始した。今では亡くなった後の遺体安置から読経、葬儀までを自社施設内で完結させることができる。

 多くの場合、死後の遺体は火葬までの間自宅に安置するか、葬儀社が手配する遺体安置所に納める。だが、都市部では団地やマンション住まいで自宅に運べない遺族も多く、安置所に納めるにも輸送費を含めた負担が大きい。そういった遺族から「遺体を預かってもらえないか」と相談を受けたことが事業を始めるきっかけだった。

「杉並区荻窪という地にある自社でご遺体を安置する事業が始められたのは、近隣住民の理解があってこそ。創業以来ずっとこの地で葬祭業を営んでいるため地元の方からの葬儀依頼が多いが、遺体安置の間もお別れのためにすぐにこの場所を訪れることができ、葬儀場への移動負担も軽減できる」

火葬待ちで1週間も 露呈する行政の限界

「亡くなった夜中の時点では遺体安置所もいっぱいで、最初に入れたところは家族も面会不可だった。その後、火葬まで1週間ほどかかることが分かり、面会ができる別の安置所へ移したものの、死後3日経った頃から顔色が悪くなり、不安を覚えた」

 そう語るのは、昨年末に父親を亡くした神奈川県横浜市に住む40代男性。横浜市は10万人当たりの火葬炉数が全国の政令指定都市の中で2番目に少ない。火葬待ちの平均日数は21年度で5・5日。長い場合は10日待つこともあるが、その間の遺体安置に掛かる費用は遺族負担となる。

横浜市営斎場の混雑状況(横浜市HP、2月1日時点)。1週間先までの予約枠が埋まっている(横浜市)

 管轄する横浜市健康福祉局環境施設課の岩澤健司課長は「人口増と高齢化を背景に、近年、横浜市における火葬需要の高まりを認識している。将来を見据え、今ある市営斎場(火葬場)4カ所に加え、新たな斎場整備事業を進めている」と語る。対策を進める一方、その稼働開始時期については「26年10月を予定」とし、状況の好転は当分先になりそうだ。

「現状、火葬待ちの間の遺体安置に関しては民間事業者に委ねるほかない。既存斎場の稼働時間は9~17時が基本と条例に定められており、延長しようにも市民全体の理解が必要だ」

 このような状況について、葬送の歴史に詳しい国立歴史民俗博物館の山田慎也副館長・教授は「死者に関する地域課題は主に公衆衛生の範囲とされ、医療・介護のような福祉とは切り離されてきた。特に葬儀・火葬は宗教の問題とも密接であり、政教分離の観点からも行政が踏み込みづらく、家を基盤とした血縁者集団の役割とされてきた」と語る。

 その一方で、「核家族化や単身化が進むにつれ、家や血縁者で支える仕組みは徐々に限界を迎えている。迫りくる多死社会においては、『死』に関する問題を生存権の延長線上として捉え、非血縁者も含めて支え合い、そこに行政や事業者も支援できる新たな社会基盤が必要だ」と指摘する。


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