Wedge REPORT

2021年8月2日

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居住支援利用者の自宅で近況を語らう、悠々会の鯨井氏(左) (WEDGE)

「『人生60歳まで』と思って生きてきた。子供も独立し、授かった残りの人生を一人気ままに過ごすつもりでいたが、歳を重ねるごとに、社会の支えの中で生きていると実感する」

 社会福祉法人「悠々会」(東京都町田市)の居住支援サポートを受けながら一人暮らしをする富田幸三さん(仮名、85歳)は、小誌の取材に対し、窓の外を眺めながらそうつぶやいた。

 東京でひとり─。それでも安心して暮らせる社会が今、求められる。

 地価や家賃が高騰する東京圏では、単身高齢者や一人親世帯、障害者といった要配慮者の住居確保が大きな課題となっている。国土交通省住宅局(2015年)によれば、地方公共団体が低所得者向けに賃貸する公営住宅の応募倍率は、全国平均5.8倍に対し、東京圏では22.8倍にものぼる。

 世帯の高齢化と単身化が危機に拍車をかける。東京都の高齢者(65歳以上)世帯数は全国で最も多いが、そのうちの単身世帯の割合(59%)も全国トップである。さらに、
東京都の単身高齢者の数は今後も増加していく(下図)。

(出所)「東京都の高齢世帯(世帯主が65歳以上)数の推移」
 (2019年、東京都政策企画局資料)より 写真を拡大

 23区でも対応する動きが出てきた。中野区は19年1月から、全国の自治体で初めて、民間賃貸住宅に単身で暮らす高齢者などへの入居支援制度「あんしんすまいパック」を開始した。週2回の電話や室内ライト点灯の有無による安否確認、居室内死亡時の遺品整理、原状回復など、中野区が協定を結んだ民間事業者が提供するサービスの加入者に対し、区が費用の一部を補助する。

 導入の背景について、中野区都市基盤部の池内明日香住宅課長は「単身高齢者が賃貸住宅の入居を断られる事案が増えてきた」とし、サービスの意義をこう語る。

「単身高齢者は孤独死リスクのイメージを伴う。居室内で死亡した場合、発見が遅れると物件は大きくダメージを受ける。こうした大家の不安を軽減させるためのサービスに区が費用補助を行うことで、より多くの入居促進につながればと考える」

 町田市を拠点とし、特別養護老人ホーム経営やデイサービス事業を展開する社会福祉法人「悠々会」は、13年から居住支援事業を開始した。単身高齢者から生活保護受給者、精神障害者、さらには家出少女やDV被害の主婦まで、約60人の利用者の身元は多岐にわたるが、みんな何らかの事情で住む場所に困り、悠々会を頼った。事業ではまず彼らの要望を丁寧に聴き、物件選定から家賃交渉、さらには同法人名義で物件を借り上げ、見守り設備の取り付けなども行う。

 事業担当の鯨井孝行氏は「我々の役割は、彼らの住む場所を用意し、そこを起点に、彼らと地域とをつなげていくことだ」と語る。利用者が住む町の市役所や支援センター、ときには地域の町内会にいたるまで、彼らと行動を共にしながらその輪を広げていく。

 冒頭の富田さんが以前住んでいた住居は、急な坂道の中腹にあった。足を悪くしながらも、2カ月に1度、過去に手術を受けた世田谷区の病院まで通っていたが、ある日の帰り道に自宅前の坂で転倒し、駆け付けた高齢者支援センターから悠々会に連絡があった。

 鯨井氏は、転居の手続きに併せて、世田谷区の病院からカルテを取り寄せ、転居先近くのクリニックによる訪問診療へと切り替えた。現在、富田さんは足に負担をかけることなく自宅で必要な検査を受け、薬を受け取ることができているという。

「私は元来人間嫌いで、集団行動が苦手。老人ホームには入りたくないが、一人で生きていくのはやはり難しい。些細なことでもすぐに相談できる鯨井さんの存在は救いだ」(富田さん)

 悠々会の陶山慎治理事長は「日本の福祉は、介護度が重度化した人を支援する施設や取り組みはあるが、その手前で踏み止まり、住み慣れた家や地域で自ら生活する人や、本人の努力により病院や施設から社会復帰した人を継続的に支援する仕組みが未発達だ。居住支援を通じて、彼らを称賛し、寄り添い、ときに支えられる存在でありたい」と、その活動の意義を述べた。

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